MUSIC

巽朗  Keep on Blowin’

 
   

Text by 宮内健 Takeshi Miyauchi Photo by Masataka Ishida 石田昌隆

2013年4月にRiddimOnlineに掲載された記事です。

デタミネーションズやTatsumi Akira and the Limesとしての活動、またカセットコンロスとのコラボレーションなど、各所で美しくも艶のある音色を聴かせてきたサックス奏者・巽朗(タツミアキラ)。彼が41歳という年齢を迎えた2013年、初めてのソロ・アルバム『keep on Blowin'』を完成させた。デタミネーションズ解散以来初となるスカ・チューンをバンド編成で聴かせてくれる2曲を筆頭に、ダンスホール、ラヴァーズロックと多彩なトラックの上でスムーズなプレイが実に心地よい傑作に仕上がった。中には、リン・テイトとの時空を超えた共演など、聴きどころ満載のアルバムについて、巽朗本人にじっくり語ってもらった。本文に入る前に、これほどに充実した8曲入りのアルバムを「巽朗の名刺代わりだ!」と、日本盤としてはかなり思い切った1,400円という価格設定でリリースした、オーバーヒートに最大級のリスペクトを贈りたい。だって、これからツラツラと書かれた文章を読むより、音源聴いてもらえば一発で伝わる作品なんすから。

 長くメンバーとして在籍したスカ・バンド=デタミネーションズの解散後、巽朗はカセットコンロスとのコラボレーションでアルバム『KING goes CALYPSO』を発表し、その後もソカを演奏するTatsumi Akira and the Limesを結成するなど、ジャマイカ音楽と少し距離を置いた時期があった。

「ずっとスカ・バンドをやってたけど、自分が本当に好きな音楽とは何か? っていうのを探してた時期だね。やっぱり当時いたスカ・バンドのカラーがキツイから、他のものを求めてカリプソとか聴き漁って。やっぱり、トリニダード訛りが好きなんやね。マイティ・スパロウも大好きやし、今回ヴァーチャル共演させてもらったリン・テイトにしても、みんなトリニダード訛りなんですね。なんかちょっと引っかかるミュージシャンっていうのは訛りがある。コンロスと一緒にアルバム作ってる時は、ワダ(マコト)くんの家でリン・テイトとか聴いて、二人でいろいろ研究してた。The Limesにしても、とにかく何かやりたいっていう一心でやっとって。最初は耳馴染みがない音楽だし、なかなか好きにはなれなかったけど、リリックの意味だったり、ソカ・ビートの構造を探ったりしながらThe Limesはやってましたね。そんな蓄積かな、今考えると。カリプソ行って、ソカ行って、一周して戻ってきた時に、やっぱりスカも自分の中に刻まれてるもんなんだなって気付けたというか」

 3年ほど前に拠点を東京に移し、新しいコネクションも生まれていった。

「やっぱり東京のほうが刺激が多いし、いろんなスタイルのミュージシャンがいるし、技術的にもレベルが高いしね。それはレゲエのシーンだけじゃなくてね。サックスプレイヤーとしての友達も増えてくるわけだし、そういうヤツからの影響はすごく大きいですよね。なんか教えてもらうわけじゃないんだけど、最低限の基準がそこになってくるから。だから正直、練習は全然大阪時代よりも、こっちに来てからのほうが多いし(笑)。レゲエのプレイヤーを意識したというより、ジャズやポップスを意識する部分が大きいし。SOIL&"PIMP"SESSIONSの元晴やタブゾンビであったり、ジャズ系の先輩とか、そんな人たちのプレイのほうが、すごく意識してるというかね。だから、自分の音楽も、もうちょっとレゲエの枠とは違うところに伝えていきたいなって想いは強いですね」

 東京に越してきた直後、路上で偶然に再会したオーバーヒート石井とともに、巽朗のソロ作に向けた制作がはじまった。

「最初はデモを作る感じで、石井さんがいくつか持っていたトラックにどう乗っけられるか? って制作がはじまって。並行して、こっちでも自分のバンドをやりたいなと思ってたから、ハモンドオルガンの山口敬文(FULL SWING)を入れたりしてやってて。その間にオーバーヒートに来て、またデモを録っていって……アルバムを作ろうっていうよりは、とりあえずデモを録りためていこうっていうのがスタートでしたね」

 全8曲の収録曲のうち、オリジナル曲を含む2曲を日本人ミュージシャンたちとのバンド・セットで録音。Tanco(b)、森俊也(dr)、秋廣真一郎(g)という、レゲエやスカを追いかけている者にとっては、まさに垂涎のリズム隊に加え、元ブラックボトムブラスバンドの黄啓傑(tp)、レゲレーション・インディペンダンスで活動する齋藤徹史(tb)、そして先述したハモンドオルガンの山口敬文という、かなり異色の編成だ。

「でも、そこはさほど意識してなかったかも知れないですね。自分が気の合うというか、一緒にやっていけるなって思えるミュージシャンが集まっただけでね。とにかくライヴをやりたかったっていうのが一番大きくて、家で練習しててもしゃあないわけで、いろんな人といろんなところでプレイする環境を作りたかったっていうのもあって。たしかになかなか無い編成だとは思うけど、とくにハモンドオルガンって色の強い楽器だと思うし、そのベクトルに引っ張られすぎることも多々あるから、他のメンバーがバランスとって落としどころを見つけてる感じかな。これまで自分は、スタジオにみんなで入って一緒に作っていくっていうスタイルが多かったけど、このバンドについてはあらかじめPCでデモを作ったり、各パートごとに譜面を起こしたり、すごく勉強になった部分もあって。たとえば〈Theme of Mission Impossible〉なんかは、スタイルを壊さずにスカの雰囲気を出したまま、5拍子の原曲を4拍子にアレンジして。バンドで作り上げていくっていうよりも、自分の頭の中でアレンジしていってバンドでやってもらうっていうのが実践できた」

 収録曲の大半を占めるのは、リディム・トラックに巽がサックスでメロディーを乗せていく楽曲。

「バンドじゃなくトラック相手にインストでサックス乗っけるっていうのは、歌を乗せるのより数倍難しいと思った。だけど、これをやったおかげで、サックスだけで景色を変えるテクニックとかも研究出来きましたね。やっぱりそういう部分は、ジャマイカ人のプレイヤーって天才だと思うね。ワンコードで押し切るようなトラックでも、ちゃんとAメロ・Bメロ・サビって展開していくでしょ? 僕らではなかなかそうはなれへん。自分が思うところでオカズも入らないし、自分が思うところでコードもチェンジしないから。そこも踏まえた上で、フレーズを考えていって。それがわかると、だんだん面白くなってきた。メロディーのはじまる音やリズムを場面ごとで変えていったり、あとはハモってみたり。そういうので景色を変化させていく。そうするとストーリーが出来てきて。よく聴くと2コードの曲だけど、でもそう思えない、みたいな曲になったり。そういうことを意識して、メロディーは考えてますね」

 Steely & ClevieのClevie、TOKなども手がけるRichard "Shams" Browne、Boot Camp RecordsのComputer Paulといったプロデューサー陣による多彩なトラックに乗る巽のプレイは、突き抜けるように爽快で、惚れ惚れするほどにスタイリッシュだ。

「今回、石井さんと話をしながらレコーディングを進めていく中で、〈サックス〉〈インスト〉っていったら夜の感じになっちゃって、どうしてもムーディなものになりがちだけど、それを昼間のイメージでやろうっていうのがコンセプトのひとつだったし。昼間のイメージでレゲエとかスカってなったら、ビーチサイドで夏でみたいな感じやけど、そうじゃなくて、それをアーバンな感じで表現したかったから。それが上手く出てるんだと思う。」

 リディムに演奏を乗せていくナンバーというと、アドリブの度合いが強めなラバダブ・スタイルと考えがちだが、巽の場合は、じっくりと楽曲に向き合い、緻密にメロディーを組み立ていくという。

「たとえば〈Just as much as ever〉は、最初はバンドでカバーしてたんですけど、なかなか落としどころが見えなくて。この曲に関しては、それをComputer Paulにアレンジし直したトラックを送ってもらって、そのトラックにサックスを録音して、また向こうに送ってミックスしてもらって……っていう感じで作っていって。メロディーに力があるから、オリジナルの良さとは違う、レゲエでやる上でのアレンジの仕方というか……トラックになった時のほうが逆に、ここに行きたかったんだなっていうのが見えたかな。〈Keep on Blowin'〉はClevieのトラックだけど、最初作ったメロディーはもっと複雑やったかな。ジャズとかからも影響受けてるから、そういうアプローチでメロディーを作ったりしてたけど。石井さんといろいろディスカッションしながら、これは曲が出来てからこのメロディになるまでに半年ぐらいかかった」

 そして、このアルバムにはリン・テイトとのヴァーチャル共演による「Under the Cherry Blossom」も収録された。これは、映画『Ruffn' Tuff』のサントラに収録の「Under The Hellshire Moon」に、巽のサックスを重ねて生まれ変わったナンバーだ。

「ある日、石井さんから『ひらめいた!』って突然電話かかってきて(笑)。『Ruffn' Tuff』に入ってて、ずっと聴いてた曲だったから知ってたし、リン・テイトは俺にとってもアイドルやったし、こんなこと出来るんやって思ってビックリしましたよね(笑)。サックスとギターの相性っていうのが、僕的には大好きで、しかもリン・テイトだったから、だいぶメロディーも考えましたね。ただハモるっていうのじゃ、ちょっとアカンなと。尊敬するミュージシャンだし、おこがましいけど、やるとしたら対等で録音したいと思ったから。それこそ、あれは3コードのループだけど、リン・テイトは同じメロディーでもちょっとずつズラして、ちょっとずつ変化させて、ちゃんとドラマチックに仕上げてる。だから、自分も何度もトライしたし、ワダくんからアドバイスもらったりしてね。で、彼に聴いてもらったら、リン・テイトの音が最初はアンプが通ってない(ラインで録った)音だっていうのがすぐわかって。しかも、この元々の音源が2ミックスしかなくて、ギター以外のリズムも全部入ってたものでやってるんだけど、その音源をワダくんのアンプから通し直してみたら、やっぱり音にすごく艶が出た。実際に出来上がったのを聴かせたら、みんな嫉妬やったね。リン・テイトとやってんねんって言ったら、みんなマジで!? って(笑)」

 完成したアルバム『Keep on Blowin'』は録った時期も違えば、曲ごとに制作方法も異なる。けれど、一枚を通して巽朗のサックスの音色やプレイが、一枚通してしっかりとカラーが出ています。

「うん、自分でもそう思いますね.なかなかセルフ・プロデュースではこうならんと思うんですよ。僕がいつも思うのは、自分の長所とか、他人がいいなって思うところって、自分自身にはわからへんところが多いと思うんですよ。逆にそれが、自分にとってはコンプレックスだったりすることもあるかもしれないし。セルフ・プロデュースでやっちゃうと自分がいいように思ってもらうために、ダメなところを消す作業になるでしょ? でも、他人から見ると、個性はそのダメなところにあったりするわけで。やっぱり今回はプロデューサーがちゃんとおったところでやりたいって思ったし、それが出来て本当によかった」

 アルバム制作中、自らの演奏に対する取り組み方をあらためて見つめ直す出来事があったという。

「LAで開催されたNAMMショーっていう楽器の見本市に仕事で行く機会があって。そこに行った時もすごいプレイヤーがたくさん演奏してて。チャーリー・パーカーやコルトレーンみたいなヤツが100人ぐらいおるんですよね(笑)。そこだけで100人おるんやったら、アメリカ全体ではどんだけおんねんて話なんやけど、そこで超絶プレイを3日間ぐらいずっと聴かされたら、なんかしんどなってきて(笑)。出す音のデカさが俺の2倍ぐらいあって、アメフトみたいなヤツがラッパやサックス吹いてるわけやから勝たれへんってのもあって。そこで嫉妬みたいなことも含めて、いろいろ考えさせられて。でも最後に、アーニー・ワッツとかエリック・マリエンサルとかスーパープレイヤーが来たんやけど、彼らがパッと吹いただけでみんなが釘付けなんやね。演奏的にすごいことやってるかっていうたら、そうでもなくて。もちろんちゃんと理にかなってるし、すごく上手なんやけど、それを聴いて、ちょっと嬉しくてね。それまでは、超絶プレイヤーたちがグワーッってやりあってるわけよ。でも彼らは〈俺はこれだけすごいねんで〉って言いたいだけで。音楽は技術云々やないって、みんなよく言うけど、それってちょっと負け惜しみみたいなものも入ってる気がずっとしてて、それを軽々しく言いたくなかった。だけど、アーニー・ワッツとかの演奏を観た時に、結局、音楽は伝わるか伝わらへんかだけなんやなと思ったんです。ちょうどそのあたりの時期に〈Just as~〉を録音してたのかな。そこで、考え方がすごく変わったというか。もちろん技術も必要やけど、伝わる音楽、伝わるアルバムにしたいなって思って。そのことが見えてきたら、肩の力が抜けたというよりは、やらなアカンことがどんどん明確になったというか。音色であったり、ソロの音の切れ際/入り方、ボリューム、ひとつずつ細かく考えたし。それはいい経験やったし、自分にとってもすごく変化した部分やと思う」

 40歳を超えて、自分の名前を前面に出して新たに立ち上がった作品に〈Keep on Blowin'〉という言葉を冠した、巽朗。そこにはサックス・プレイヤーとして、この先の40年を歩んでいこうという意志が強く感じられる。

「とにかく吹き続ける決意、みたいなものですよね。吹き続けるのも辞めるのも、僕にとっては同じぐらいしんどいことで。ずっとやってきたことやけど、しょっちゅう辞めようかなって考えてしまう葛藤は正直あるわけで。せやったら、やり続けますよっていうのを言ってしまいたいって、タイトルにまでして。カッコよく吹き続けられたらいいけど、そうでもないかもしれないじゃないですか? 与えられた範囲内で自分がどれだけ出来んのんか? っていうのを追究していけたらと思うてるんですよね。無理してガツガツやるんじゃなく、自分のやりたいことって100パーセントを毎回出せるわけじゃないし。与えられた中でどんだけ出来るのか? 結果、そうやってアプローチしたら、自分の気付かへんいいところも出るやろうし、自分の中で完全にわかってることをやってもしょうがない。だから、そういう感じで続けて行こうかなっていう意味合いも込めての、〈Keep on Blowin'〉やね」

Theme of Mission Impossible

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