MUSIC

HAKASE-SUN 『Reggae Spoonful』

 
   

Interview by Shizuo Ishii 石井志津男

2013年8月にRiddimOnlineに掲載された記事です。

●では先ず生い立ちから聞かせて下さい。HAKASEがそもそもピアノにハマったっていうのは?

HAKASE-SUN(以下H):僕は大阪生まれで、ピアノは親に習わされたんですよ。小学校1年から中2くらいまで。兄弟三人、自分含めて三人やっていて、ピアノの先生がこの真ん中の次男(HAKASE)は筋が良いって言ってたというのを割と最近親から聞きました。でも、その時は嫌々ピアノやっていて、高校とか中学とかでバンドやるじゃないですか、それでなんか勘違いしちゃったみたいで、ちょっとミュージシャンになろうって密かに思って、その時にOVERHEATで出してたバニー・ウェイラーとかグラディとか色々聴いていて。その頃は情報なんてなかった。85年に上京してMUTE BEATを好きになって、その辺の出会いっていうのが大きいので。

●あのフィッシュマンズにいたんだよね、一番最初からいた?

H:いや、ちょっと途中ですね。

●また途中からいなくなるんだよね、じゃあ80年代末のあの大東文化大の学園祭の時は?MUTE BEATも出てたけど。

H:あの時はいました。

●それでフィッシュマンズの事務所もここ(OVERHEAT)から歩いて1分のすぐそこだったもんね。

H:大東文化大の時にもう震えましたね、MUTEと同じステージに立って、松永さんにサイン貰って、なんかこだま(当時は小玉和文)さんって意外と会うとゆるいなみたいな。

●ハハハッ(笑)

H:それからフィッシュマンズのファーストはこだまさんプロデュースで。それで仲良くさせてもらって。

●辞めたのはどういうきっかけなの?

H:あの時27才だったんですけどね、やっぱり自分の自意識が凄く高まっていた時期で、自分がやりたいものをやりたいなっていう感じですかね。もう忘れました。辞めて良かったと思います。バンドにとっても良かったんだと思うし、僕にとっても良かったと思うんで。

●今はソロ以外だと、ムードメイカーズとLITTLE TEMPOとあと何をやってるんでしたっけ?

H:割と最近なんですけど、OKIさんってアイヌの。

●OKI DUB AINU BANDですか?

H:今は違うバンドでやっていて、ドラム、ベースも違う人で、ドラムがヤギー君って人でベースが河内君、あとなぜか僕がキーボード、それとOKIさんの4人ライヴやっているんですよね。都内では何回かライヴをやる予定があるんですが、それが今一番バンドらしくて面白い感じですね、新鮮です。

●2〜3日前にFMで流れていて、今回声をかけさせてもらったんだけど、これは何枚目のアルバムだっけ?

H:オリジナル・アルバムとしては7枚目です。2001年に1枚目を出して、大体2年に1枚くらいのペースで出して、ベストアルバムを1枚出して、2008年には映画のサントラ(『人のセックスを笑うな』)を出して、それでもHAKASE-SUNのオリジナル・アルバムとしては7枚目です。4年ぶりという事で。

●すごいですね。

H:ずっとやっているとマンネリにもなるし、方向も自分の行きがちな方向が見えてきちゃう。それはそれで良い事ですけど、聞いてくれる人もそれを期待してるけど、やっぱりワンパターンになると良くないなと思って、今回は自分の中で少し新しい方向性っていうのを出していまして、だから60分あるんですよ。

●今はアルバム10曲の時代になってきてるのに。

H:13曲の全てがオリジナルで、自分の中で曲の黄金律っていうのがあって、1曲にストーリーを持たせたいんですよね、起承転結というか。割と物語を読んでいる様な感じというか、それでこの『Reggae Spoonful』っていうアルバムは、そういうタイトルの小説を読んでる様な感じ。自分で分析すると作り方が文学的なんですよね。

●全て自分で作曲、プログラミング、ミックスまでやっているけど、それってかなり拘っているよね。ソロ最初からそうだっけ?

H:1枚目2枚目は外でミックスしたんですけど、あとそれ以降は自分でやってますね。ソロ・アルバムは自分の部屋で作るのを基準にしています。部屋があって横にキッチンがあって、シンクの前に立ってお皿を洗ったり料理を作りながら、次また音楽をやるっていう生活。凄く狭い世界だと思うんですけど自分の部屋から生まれてくる音楽というか、それを基準にしたいなと思っていて。

●なるほど。でもマスタリングだけは、いつもロンドンだよね。

H:ここ最近はそうです。結構お金もかかるんですけどね。やっぱり自分で持って行って。

●行ってるんだ、(インターネットで)データを送れる時代に!

H:行ってます。ファイルで送るのが嫌なんですよ。最近でこそ関係者にはファイルとかで送るようになったんですけど、今まではCDRをいちいち焼いて送ってました。ファイルでやりとりだったら本当は(経費が)安いんですけどね。何かが欠落するっていう気がしていて、スタジオに行って自分がその場所に居て、自分なりのヴァイブスを発して、マスタリング・エンジニアとやりとりして、そこまでやらないと自分の作品って気がしないんですよ。今時マスターをDAT テープで持って行って、あっちでマスタリング仕上げてもらってまいす。良い所でやると仕上がりがやっぱり違うんですよ。今回だったらケヴィン(Kevin Metcalfe)っていうこの世界で35年間くらいやっている人ですけど、そうするとアルバム作ってからの耐久性が10年くらいある気がして。だから2002年からこのケヴィンにやってもらっていて、実際に10年前のアルバムをしっかり聴いてくれている人っていうのも存在するし。

●うんうん。それはマスタリングだけじゃなくて曲がいいってことかもしれないよ。

H:そこかもしれないですね。なんかおまじないっていうか、ここまでやれば大丈夫だろうっていう。

●マスタリングはもちろん重要で変わるけどさ、そこまで拘っているのは凄いなと。全てに凄く拘っているアルバムだよね。特にプログラミングからミックスまでは全部だからね。

H:ええ、拘っています。ドラムの音一つから、最終的にはやっぱ自分の好きな音、聞き覚えのある音っていうので作っているんです。でもそのやりたい方向とかイメージが100パーセント自分通りになるっていうものでもなくて、違う方向に流れていったりして、マスタリングしたマスターから焼いた時点でもう音質は多少変わったりするし、100パーセント自分のイメージっていうのは有り得ないから、今回は割とおおらかに作ったっていうことかな。

●ソロ1枚1枚をベストだと思ってずっと作ってきて今回で7枚目、では自分の目指して行き着く所みたいなのはありますか?

H:僕もそれを考えるんですけど、それは一括では目指してないんですね。10枚単位で目指していて、まずはソロ・アルバムを10枚出すって考えています。

●オオ!いいですねえ。

H:で、やっと7合目まで来たかなって。でもまだ極めていないしやり足りない部分があって、例えば凄くディープなやつとか、いわゆるキラーなやつを作ると、レゲエを好きな人からは絶対ウケは良いと思うんですよ。それをどのタイミングでやるかっていつも悩んでいて、7枚目だったらやっぱり今まで6枚聴いてきて僕のファンだった人の期待を裏切りたくないところがあって、このアルバムでは前半が割と昔から好きだった人向けの感じです。そして歌ものが6曲目に入っているんですけど、7曲目から13曲目までの後半っていうのが今回やりたかった事です。いきなりガラッと変わると凄く裏切った様な気がして、こう徐々に変わっていきたいなっていうのがあるんですよね。だから最終的には2コード、3コードぐらいの、巽(朗)君のアルバム(『Keep on Blowin’』)でいったらリン・テイト(ギターリスト)さんの、ああいうシンプルで絶妙なメロディの曲っていうのを作りたいですね。

●ああ、あの曲(「Under the Cherry Blossom」) 。

H:まだあそこまでね、ああいうシンプルで無駄が無くて達観した曲っていうのを作る勇気が無くて。

●あれは『Just Like A River』をグラディ(Gladstone Anderson)とストレンジャー・コールの二人にリメイクで歌わせたトラックです。モントリオールのリン・テイトの所に行った時にそのトラックをCDRで持っていて「エンディング曲を作ってくれない?」って聞いたら「OK」だったんだけどスタジオには変なテープレコーダーしかなくて、仕方なくCDRをかけてギターを入れたっていう無茶苦茶な使い回しです。しかもまたその録ったマスターもDATテープレコーダーも無くてCDR。そのCDRにまたもや巽朗のサックスを足してるっていう、もう無茶苦茶なんだ。

H:すごいですね。

●ジャマイカの要するに60年代とかさ、今でも言えることだけど限られた中で音楽を作るっていうのも、レゲエのある一つの魅力で、なんか限界がないみたいなね。

H:そうですね。

●そんなセコい事やってるからその程度だとも言えるし、その音なんだとも言えるし。でもそこも滅茶苦茶面白かったりもするから、あれはそういうものです。マスターは無いからって言ったら巽君も「本当にないんですか?」ってビックリしてたけど。

●今回のアルバムには歌もの「おぼろ月の涙 featuring 池原千晴 (cicada’s ambience mix)が入っていますが、あれはどういったきっかけですか?

H:あれを歌っているのは本当に素人の子なんですよ、宮古島に住んでいる。たまに営業で歌っているような感じの、最近バンドもやっているらしいんですけど、池原千晴さんって人です。宮古島はもう10回以上ソロ・ライヴで行ってるんです。今でも宮古島にハマってて、4年くらい前に遊びで行った時に、バーベキューをどっかの店の駐車場でやろうって話になって、その時に池原さんが、余興で「涙そうそう」とか有名な曲を三線で歌って、その時かなりくるものがあって「この子天才だな」って、もうその場で「次のアルバムに是非歌って欲しい」って話をして、ようやく4年経ってアルバムに入れました。今風な曲も好きな人なのでどういう曲にしようかなと4年間悩んだけど、やっぱり一番最初にひらめいた島唄風の分りやすい曲調で彼女の歌を聴きたいなと。

●あのリリックは彼女ですか?

H:そうです。

●メロディーはHAKASE?

H:僕です、曲が先でデモを送って。宮古まで行ってる時間が無かったんで、向こうのブラック・ワックスっていうサックスがメインのファンク・バンドですけど、そのメンバーと僕が知り合いなので、もう録音も全部お願いして。

●じゃあ、入ってるあのサックスもそうなの?

H:そうです。でもスタジオって感じでもない、もうガレージですね。倉庫があって、そこのスタジオで録ってもらって、で、防音が100パーセント完全じゃないので、歌は昼に録ったらしいんですけど、蝉の音が入っているんですよ、裏に。

●いいね〜!

H:「これどうっすかね〜?」って言われて。「えっ?」ってなって、普通だったら蝉とか外の音入っているとアウトですけど、それをまんま送ってきたのって凄い感性だなって。

●スゴイね。じゃあアカペラ・バージョンも入れておけば良かったのに。

H:これは逆に押し出して言った方が良いんじゃないかと思って、その蝉は「chida’s ambience mix」ってサブタイトルを付けたんですけど。

●うん。

H:あとこれの宮古言葉ってバージョンを一応録ってあって、それは追々7インチとかでリリースしようかと思うんですけど、結構評判の良い楽曲なので。この間J-WAVEでも流してくれたし。

●それを聞いて俺は連絡しちゃったんだけどさ。

H:またそれを歌ってるのが宮古のその辺の普通の女の子が歌っていて、層が厚いっていうか、歌上手いですよ。節回しがこう島唄風に、ちょっとアウトオブキーになるんですよ、そこがね胸の琴線を鷲掴みにしてくれるっていう、元ちとせとかああいうタイプとも歌い回しがまた違うんですけどね。で、その池原さんの作品を僕はリリースできたっていうのはひとつ約束守ったなって。

●いいね、出会いでそういうものが出来るのが最高。売れてる人に参加してもらうんじゃなくて、美しいね。ソロ・アルバムらしいなあ、こういうことは。

H:俺が発見したみたいなのが好きなんですよね。あとアルバムのデザイナーなんかも割とCDデザインをした事が無い人に頼みたいんですよね。初めてジャケットのデザインやるような人に。今回も鹿児島の知り合いが採算度外視で一所懸命にやってくれました。思い切って今回初めて表1に自分の写真をもってきて、これ井の頭公園なんですけど、ちょっと(オーガスタス)パブロな感じにして欲しいなと思って、ピアニカなんか持っちゃったりして、結構ピアニカ吹くのも最近好きなんでそういう楽曲も増やしていきたいと思ってます。

●アルバムの中で特に1曲目の「Soul’s Berry Kitchenが好きだな。

H:これはカールトン・アンド・ザ・シューズっぽい感じにしようと思って。

●ああなるほど、そうなんだ。

H:あのアルバムの、『This heart of mine』のシャッフル気味の、ちょっと早めっていうか『Give Me Little More』みたいなちょっとソウルっぽい様な感じとかね。

H:今まではそうですね、またこれからあと10年間くらいいけそうだなって気はしてきて今回まで4年の間があって、今46歳なんですけど、50代くらいまで音楽が広げられそうだなって思えて、多分来年もソロ・アルバムを作るし、ちょっとディープなやつもやってみたいなと思っています。
そう言えば昔石井さんが僕にグラディのデモ・カセットを下さったことがあって。

●ねえ、そんなことがあったんだってね、もう忘れてた。

H:突然石井さんから電話がかかってきて、色々バーッて話して「これあげるよ」って最終的にはそういう話だったんですけど。あれはもう宝物みたいな、部屋の一番良いところに劣化するのでラップに包んで置いてあります。音は昔のMTRで録ったので悪いっていうかインストなんですけど、フィーリングが良いんですよね。凄く何ということのない、コード進行とかも無いほぼ2コード、3コードで流れていくだけなんだけど、なんか良いんですね。ああいうピアノ・アルバムが作りたいと思っているんですけど。

●是非作って下さい。たまにはやっぱり思いきり振り切るのも聞きたいね。グラディのどこが良いの?前からグラディが好きだって言ってたから余分な話ですけど。

H:タイム感ですね。タイム感ってのはなんか真似出来ないんですよね、昔の音だからっていうのもあるけど凄くゴツンとくる感じですよね。なんかこうぶった切る感じというか、流れて行く感じじゃないんですよ。

●今日は本当にありがとうございました。