CULTURE

ミャンマーのスケートシーン「Youth Of Yangon 」

 
   

Text by Hajime Oishi(大石始) Photo by Keiko K. Oishi

2013年4月にRiddimOnlineに掲載された記事です。

 2013年2月、僕はミャンマー最大の都市ヤンゴンにいた。軍事政権のもと長年鎖国状態にあったミャンマーは2011年3月に現在のテイン・セイン大統領が就任し、以降急激な民主化プロセスを突き進んでいる。僕がこの国を旅した2013年2月のヤンゴンではホテルやビルがそこいら中で建設されていたが、それ以外にもこの国が変化の時期にあることを実感させられる場面にたびたび遭遇した。かつては民主化運動のリーダー、アウンサンスーチーの名前を公共の場で口にするのも憚られたというが(そのため、人々はスーチーのことを話す際<おばあさま>という隠語を使ったという)、観光客が集まるヤンゴン中心部ではスーチーとオバマの2ショット写真をあしらったTシャツが販売されていた。スーツに身を包んだ各国のビジネスマンがヤンゴンの街中を闊歩する図は日常的なものだったし、最新型のスマートフォンをイジりながら会話を弾ませる若者たちの姿は他の国々と何ら変わらないものだった。
 そんな激変期のヤンゴンで、僕は『Youth Of Yangon』というドキュメンタリー映画のプレミア上映に立ち会う機会に恵まれた。現在のヤンゴンでは現地のパンクスたちを追った『Yangon Calling』という映画の制作が進められており、日本でも一部で話題を集めているが、この『Youth Of Yangon』はヤンゴンのスケーターたちを追ったショート・ムーヴィー。ヤンゴンのギャラリーで行われたプレミア上映の際もヤンゴン中のスケーターたちが集まり、大変な熱気に包まれていた。
 監督は自身もスケーターであるジェイムス・ホルマンとアリ・ドラモンドの2人。彼らは2011年のInternational Skateboard Film Festival において〈Best Independent and Emerging Film Makers〉部門を受賞したドキュメンタリー映画『Altered Focus : Burma』の制作チーム。同作ではアリたちが現地のスケーターたちとスケートパークで交流を重ねる場面が出てくるが、反政府デモを撮影していた日本人ジャーナリスト、長井健司さんが軍兵士に狙撃されたのは2007年9月のことである。『Altered Focus : Burma』が撮影された2009年はまだ軍事政権下だったわけで、動乱のミャンマーでスケーターたちのこんな交流が育まれていたなんて僕もまったく知らなかったのだった。
『Youth Of Yangon』はその後のヤンゴン・スケート・シーンを追ったドキュメンタリー映画。『Altered Focus : Burma』では反政府デモのシーンもインサートされていたが、『Youth Of Yangon』ではスケーターたちの穏やかな日常が切り取られている。軍事政権によって生活が制限されていた時代をサヴァイヴし、ようやく<自由>を与えられた現在のスケーターたち。彼らの日常に迫った『Youth Of Yangon』は、何気ないシーンのなかに激変期のミャンマーの姿が映し出された興味深いドキュメンタリー映画となっている。監督のジェイムス・ホルマンに話を聞いた。

●ジェイムスはイギリス出身なんだっけ。

ジェイムス・ホルマン(以下J):そうそう。今はニュージーランドのクイーンズタウン在住。24歳のころからプロフェッショナルに映像を撮り始めたんだけど、それもスケートがきっかけだったんだ。ウェブ・プロモーションやドキュメンタリー制作などいくつもの仕事をやるようになる前はテレビ用のスケート映像を何年も作っていたから。ニュージーランドに越してきたのは3年前。それからはコマーシャル映像などのプロジェクトにも関わるようになった。自分ではスケーターだと思ってるけど、今は昔ほどやってない。映像に撮ったり見たりするほうが好きだね。

●『Youth Of Yangon』というプロジェクトはどうやってスタートしたの?

J:『Youth Of Yangon』は3年前、アリ・ドラモンド、アレックス・パスクィーニ、そして僕という3人が『Altered Focus : Burma』という映画を作るためミャンマーに渡った時から始まったんだ。最初は何を形にするべきかまったく分からなかったし、それどころかスケートパークはおろか、どこにスケーターがいるのかも分からなかった。3年前のミャンマーは今とはまったく違う国だったからね。そんななか、たまたまAk BoやYe Wint Ko、Globeといった現地のスケーターたちと出会い、彼らの仲間たちと出会うこともできた。それから彼らのことを語る映画を作りたいと思うようになったんだ。ただ、それから2年が経過してもまだ制作に取りかかれなくて。昨年の初頭、イギリスに住んでるアリとSkypeで話をしたんだ。<誰かがやる前に僕らがやるべきだ>って。トゥワナというスケートパークが壊されてしまうということも分かって、その前に撮影を進めることにしたんだ。

●映画のコンセプトを教えて。

J:この映画が『Altered Focus : Burma』とはまったく違うものになるだろうことは最初から分かっていた。とにかくミャンマーは変わったし、僕らはその変化にアプローチしたかった。前回のように政治面に触れようとは思わなかったし、スケーターたち自身の物語を捉えようと考えたんだ。その意味では『Altered Focus : Burma』の続編というわけじゃない。『Youth Of Yangon』はあくまでもミャンマーのスケーターたちによって、しかも彼らの言葉で語られる彼らの映画。それが基本。

●現在のミャンマー・スケート・シーンはどんな状況にある?

J:3年前に比べると急激な勢いで発展してるよ。前は片手で数えられるぐらいのスケーターしかいなかったけど、今はさまざまな世代が興味を持ってる。しかも男女両方。一番年上は34歳のAk Boで、一番下が12歳。彼らはさまざまな世代が入り交じっていて、異なる価値観や趣味の持ち主だけど、スケートに対しては同じような興味を持っている。なかなかユニークなケースだと思うよ。ここ5年のうちに他の国と同様の大きなシーンができるはずだし、そうしたシーンが形成されることにより、他の国々に対して現在のミャンマーがいかに変わり、いかに開かれた国になったか示すサインにもなると思う。

●ミャンマーのスケーターたちはどうやってボードを手に入れてるの?

J:ヤンゴン中心部にはいくつかのショップがあって、みんなそこでボードを手に入れている。確かに大してクォリティーは良くないし、子供のおもちゃに毛が生えたようなものだよ。真剣にスケートをするには相応しいものではないと思う。アリ・ドラモンドはボードを手に入れるために苦労しているミャンマーのスケーターたちを手助けしていて、彼らのためにバンコク製のスケートボードやエクイップメントを持ち込んだりしてるんだ。

●彼らにとってスケートボード・カルチャーとはどのような存在だと思う?

J:ミャンマーのスケーターたちと4週間過ごしてみて、彼らにとってのスケートとは<自由>を意味しているものだということが分かった。それは<他の人とは違うことをやろう>という一種の自己表現でもある。彼らの多くはスケートを通じて違う世代と交流できる楽しさを感じているようだったし、何人かの若いスケーターは(スケートによって)どれだけ自信を得られるか僕らに話してくれたものだった。おそらく、彼らにとってはスケートを通じて一種の独立、自立した感覚を得ているんだと思う。現在のヤンゴンでは公道がアスファルトの道路へと急激に整備されているんだけど、そのためどこでもスケートをできるようになっている。そうした環境の変化が彼らの意識を後押ししているとも思うよ。

●『Youth Of Yangon』のなかで一番興味深かったのは、ヤンゴンから首都ネピドーまでみんなでバスで出かけ、誰もいない町でスケートをやるシーンなんだ。2006年に首都として建設されたネピドーはSF的な人口都市としても有名だよね。外国人はそう簡単に入れない場所だから、そんな場所でみんながスケートをやってることに衝撃を受けたんだよ。

J:そっか、僕らはネピドーに行くことが大変だとも問題だとも思ってなかったな。スタッフと共にヤンゴンからバスに乗り、そのままネピドーに入っただけだから。一部のスタッフは12時間もバスに揺られてすっかり気分が悪くなってしまったみたいだったけど(笑)。確かにネピドーは奇妙な場所だったよ。巨大なビルに覆われてるのに人気がまったくなくてね。ミャンマーが以前と大きく変わったのは、どこで撮影しても問題なくなったという点。以前はたくさんの機材を持ってパブリックな場所で撮影するなんて、なかなかできないことだったからね。

●『Youth Of Yangon』は2013年2月にヤンゴンでプレミア上映されたね。

J:ミャンマーで上映会を開催できたのはとても光栄で名誉なことだったね。この映画を作ってる昨年の段階ではこんなことが実現できるなんて考えもしなかったから。ブリティッシュ・カウンシルが資金援助してくれたのもありがたかった。ひとつの部屋にミャンマー中のスケーターが集まり、彼らから直接感想を聞かせてもらったのも素晴らしい体験だったし、自分たちが作り上げたものも誇りに思えたよ。オフィシャルな形でネット上映をできたら、もっと広い範囲のリアクションを得られるだろうね。それも決して不可能なことじゃないと思うんだ。

●現在のミャンマーを取り巻く状況についてはどう思う?

J:この国はあらゆる面で発展しつつある。道路はすごい勢いで整備されているし、交通網も整ってきている。海外との取引も増え、そのことによって雇用が生み出され、経済が刺激されている。こうした社会の動きはポジティヴな変化を生み出すんじゃないかと僕は思っているよ。

●そうした社会の変化はミャンマーのスケート・シーンにどんな影響を与えてる?

J:今までのところ、国がミャンマーのスケーターたちを援助しようという動きはないね。いい機材が提供されることもないし、スケートパークが作られることもない。でも、次の2、3年で興味深い動きが起きるかも。ヤンゴンのスケーターはみずからの手で問題を引き受けようとしてるし、新しいコミュニティーが組織されようとしているんだ。よりクリエイティヴになろうとしてるし、自分たちの未来を変えようとしている。例えば、新しいスケートパークを作るための資金援助を募るため、彼らはスケートの財団法人のようなものを作ろうとしているんだ。僕は『Youth Of Yangon』がいくつかの目的の役に立つんじゃないかと考えてる。ひとつはスケートパークや施設、設備が必要とされているということを広く伝えられるということ。もうひとつは、状況を変えようと奮闘しているスケーターたちをこの映画によって励ますことができるんじゃないかということ。もしもそうなれたら嬉しいね。

●未来のミャンマー・スケート・シーンについてはどう思う?

J:シーンの未来はポジティヴなものだと思うよ。ブリティッシュ・カウンシルはNyi NyiとAk Bo、それとYe Wint Koをアリ・ドラモンドと共にバンコクに送り出したばかりなんだけど、飛行機でたった1時間しか離れていないのに(バンコクとヤンゴンのシーンが)どれだけ違うか、彼らはそこで目撃することになるわけだよね。願わくば、その体験が彼らを取り巻く状況を変えるきっかけになったらいいと思う。数年後、劇的に成長しているシーンの姿を目にするのが楽しみで仕方ないよ。そのころにはいくつかのスケートパークができてるんじゃないかな。

●今後のジェイムスのプランを教えて。

J:『Youth Of Yangon』をいくつかの映画祭に出品しようとしているんだ。あと、現在のヤンゴンでは新しいスケートパークが作られているので、年内にはまたヤンゴンに戻って撮影しようと考えているよ。

http://vimeo.com/58163649