Text by石川貴教 Takanori Ishikawa
2012年7月にRiddimOnlineに掲載された記事です。
80年代から2000年代まで数々の名曲を生んだジャマイカ最強のリズム・デュオ、「スティーリー&クリーヴィ」。その名コンビ、両雄のうちの一人、スティーリーが亡くなってから三年が経とうとしている。そんな2012年の夏、相方、クリーヴィがバンドを率いて来日することとなった。その名も「Steely And Clevie’s legacy Japan Tour」(八月三十日から、九月一日までの三日間。「Cotton Club」にて。九月一日はスティーリーの命日にあたります。)
あのスティーリー & クリーヴィの名リディム、名トラックが生演奏で披露される、蘇る。いや、披露される、蘇るどころか、既発の音源に、さらにサムシング・スペシャルを加えた音楽を体感させてくれるであろうことに疑問の余地はない。なにしろ、後で紹介しますが素晴らしいメンバーが集結していますから。それに加えて、ヴォーカリストとして、ヘプトーンズのリロイ・シブルズもやってきます。こんな豪華メンツの共演をこの先、観る、聴く機会はおそらくおとずれないでしょう。
さて、今回のツアー・メンバーの紹介に行く前に、(今更ではありますが)、最強のリディム・デュオ「スティーリー & クリーヴィ」の音楽的特色についてシンプルに整理してみましょう。大きく分けると、二つの側面が見えてきます。
前提になるのは二人とも十代のころからキーボード、ドラマーとして活躍、名だたるアーティストとレコーディングやライヴをこなした一流の演奏者であったこと。そして、にもかかわらず、80年代中盤には多くのアーティストがまだ躊躇していたコンピュータ・ライズドによる音楽制作にいち早く乗り出し、ジャマイカの音楽を革新的にあらたなものにしたこと、ですね。
音楽性にも、当然このバック・ボーンが反映されています。(というか、このデュオは何でもできる万能コンビなんですけど。)
ダンスホール・ファンにはお馴染みの、過去の音とは断絶しているかのようにすら思わせる斬新なリズム・トラックの数々。しかし、このことは、トップクラスのミュージシャンとしてのキャリアがあったからこそ、の柔軟で引き出しの多いトラック・メイクのなせる業であり、その為、単なる「打ち込み」といったレベルを超えた独特のサウンドに仕上げることに成功したわけだ。そして、その鮮烈な、広々としたスケール感を持った音造りは、アメリカのブラック・ミュージックの、いや世界の音楽の十年先を行っていたことは今、歴史が実証してくれています。
勿論、その発想の豊かさ、自由さも他に比類するものがほとんどなく、時にはドラムレス、時に極太で今までに聞いたことのない音色でアタックしてくるブツ切りのベイス、などなどのアイディアは、今もって驚嘆に値するものであります。
更に一方では、過去のジャマイカの音楽遺産にたいしての敬意と愛情に溢れたリメイク・チューン、「温故知新」を地で行くサウンドにも早くから取り組み、この分野でもパイオニアとしてたくさんの素晴らしい作品を残しています。80年代後半のスタジオ・ワンなどのファウンデーション・リズム・リメイクはエッジイでグイグイとドライヴする当時の新世代ダンスホール・DJ、シンガーに的を絞ったハードなものが多かったけれど、九十年代に入ってから、原曲のオリジナルのシンガーを起用するなど、グッとヴィンテージ感を増した楽曲を制作。
デジタルとは思えないようなまろやか、滑らかな音と、往年の名作を輝かせ続けているダイナミックなリズム構造をそのまま生かし、まとめあげる見事な手腕。
(当Riddimのインタヴューでクリーヴィが語っていた若いころの思い出話「スタジオ・ワン」のスタジオでマスター・テープからのダイレクトの音を聞きながら仕事していた。当時のプレス後のレコードから再生されていた音とは違う音だよ、あれは。レコードで聞くより隅々までクリアに聞くことができたからね。」という体験あってこそのハイ・クオリティなサウンド・メイクということができると思います。ただの焼き直しとは、物が違う。
彼らのサウンドの細部をよーく聞いてみれば、充分に理解できるはずです。)
それらのミックス、アレンジで現代形にアップ・デートされた楽曲群の中から生まれたのがドーン・ペン「No No No」、ショーン・ポール「I’m Still in Love」の世界的大ヒット。
と、このような大まかな二つの魅力を追ってみると、「スティーリー & クリーヴィ」の音楽を再現するには前述の半ば相反するような二つのスタイルを自在にこなすことが必要とされるわけですが、今回のツアー・メンバーにとっては朝飯前でしょう。主役のクリーヴィが適任、適職のアーティストを従えて来ます。
まず、ドラムは勿論、クリーヴィ。ルーツ・レゲエのオーガスタス・パブロとのレコーディングやスタジオ・ワン・バンドでの活動に加え、デニス、マックス・ロミオも歌った「Milk And Honey」のオリジナルを演奏したジ・イン・クラウドに参加など多彩なキャリアを誇る。今回、ドラムマシンを使うのかどうか、にも注目したい。
そして、スティーリーのキーボードのポジションには、あのレンキーが。
ダンスホール・ファンには「diwali」リディムを制作したことで有名でしょうが、彼はミュージシャンとしてのキャリアも長い。デニス・ブラウンのバックバンドで知られるロイド・パークス&ウィズ・ザ・ピープル・バンドや、ブラッドファイア・ポッセとしてリタ・マーリィのバックでキーボードを担当。スライ・アンド・ロビーとの仕事も多いですよね、昔から。それと、彼が「Diwali」をヒットさせてからのファンにとっては、メロディアスで流麗なキーボードってのが“レンキーのイメージ”って感じかもしれませんが、
「diwali」以前の彼のレーベル「Master Mind」からリリースされたゴリゴリにソリッドなダンスホール・チューン群や、スラ・ロビとの仕事をチェックしていた人は、かなり強烈でハード・ドライヴな音楽もこの人の持ち味だと、知っていることでしょう。激パーカッシブな、リディムのみを前面に出したものすごいゴツいトラックつくっていた時期があるからね。
で、ということはですよ、実はスティーリーと相通じるところが多いわけです。今回のツアーに参加するキーボーディスト、スティーリーのポジションに誰がと考えてみた場合、彼以上に適任なミュージシャンは実際今見当たりません。実に楽しみ。
そして、リズムの要、ベイス奏者には、“ベイシー”レナルズ。U・ロイ、ジョディ・モワットのバックでアフリカ・ツアーに帯同、コッチのベイシストとしてイエローマンとも共演。ベイリー、ハーフパイント、チャカ・デマス&プライヤーズなどのダンスホール勢との仕事、スラ・ロビ、ジャミーズ、はてはクライヴ・ハントまでレコーディングに参加した数はおびただしいほど多岐にわたる。バーリントン・リーヴィの大ヒット「Living Dangerously」のベイスも彼によるものです。
ギターには、「Main St」レーベルのプロデューサーとして高名なダニー・ブラウン。
ギターの他にも、ベイス、ドラム、キーボード、そしてミキシング・エンジニアまでこなすマルチ・アーティスト。スティーリー&クリーヴィ・サウンドの隠し味として重要な役割を果たすギター。今回のツアーはヴォーカル&サックスとして加わる「Skatta」
こと、トレヴァー・リン(この方も日本とは縁の深いアーティストですね。)も含め、前述のブラッドファイア・ポッセ時代から演奏をともにしたメンバーが多いので素晴らしいコンビネーションを魅せてくれることでしょう。
そして、スペシャルなゲスト・ヴォーカル、リロイ・シブルズ!
言わずと知れたヘプトーンズの今や伝説的なリード・ヴォーカル。60~70年代にかけて発表されたジャマイカ音楽の歴史に残る名曲がこのメンバーをバックに歌われるかと思うとたまりませんね。大ベテランですが、「Fatty Fatty」再演ヴァージョン等、スティーリー・アンド・クリーヴィとは昔からゆかりのあるシンガーだけに期待は高まります。
脈々と生き続けるジャマイカの歌心、それをぜひ会場で体感してください。
それと、リロイ・シブルズはシンガーとしてだけではなく、ベイシストとしても大変な才能と実績があり、例えば今ではファウンデーションとなったスタジオ・ワンの「Full Up」等で聞くことができるぶっといベイスは彼が弾いたものです。最近、ベイスは演奏していないだろうし、歌だけで、そりゃあ、もう充分なんですが、個人的にはリロイのベイス・プレイが聴けたら最高のサプライズ。
と、黄金の「スティーリー & クリーヴィ・サウンド」が生バンドで、どのように演奏されるのか、リロイ・シブルズ参加でどんなケミストリーが生まれるのか、期待は尽きない「Steely And Clevie’s Legacy Japan Tour」。
91年の来日公演とは、また違った驚きとスリルを味わえるでしょう。今回、ここでいろいろ書いてはみましたが、実は正直、実際に現場で直に観るまでは、どんなことが起きるか想像がつきません。あの二人が作った音楽は本当に幅広く、奥が深く、でも、もの凄くストレート、という他に類をみないものですから。
しかも、バンドのメンバーはオーセンティックな演奏も、ダンスホールもどちらも出来る「何でも来い」なテクニシャンがズラリとそろっているから、なおさらどんな音を聞かせてくれるのか、は予想がつけ難い。
とにかく、予定調和が当たり前になった今時、こんなに展開が読めないライヴは貴重です。
そして、最近のダンスホールしか聞かないって人も、コンピュータ・ライズド以降のジャマイカの音楽は苦手だって人も、いや、そういう人達こそ、今回のライヴに足を運んで、自分の耳で生の本物を体験してみてほしいですね。音楽人生が一変するかも知れませんよ。
では、当日会場でお会いしましょう。