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さんピんCAMP (ECD×RYUZO)

 
   

Interview by 有太マン Photo by EC

2016年7月にRiddimOnlineに掲載された記事です。

 7月6日、渋谷道玄坂を登っていると、当日はANARCHYの新アルバム「BLKFLG」発売日で、たまたま宣伝カーとすれ違った。向かった先は、神泉にあるR-RATEDオフィス。目的は4日後、20年ぶりに開催される「さんピンCAMP20」について、1996年と今年の新旧プロデューサー、ECD×RYUZOの1万字対談。それにしても、狙ったわけもないのに、開催は天下分け目の参議院選挙と同日。20年の年月を経てなお色褪せず、変わらずウルトラマグネティック=強力な磁力を発している、「さんピンCAMP」に迫った。

●「さんピンCAMP20」開催、4日前です。

RYUZO(以下、R):avexが2年くらい前くらいから、「20周年なんですよ、再来年」とか言っとるから、それは「勝手に、ヒップホップシーンにいない奴らがやっちゃダメでしょ?」という話じゃないですか。それで、「最初やらはった人に確認とってからにしろ」と言って、一緒に話に行ったんです。

ECD(以下、E):野音自体は、事前にとってあったんだよね?どっちみち、1年前からしかとれないし。

R:それも、「当たっちゃった」んです。「当たっちゃった」から、「これはもう神様が言ってるんじゃないのか」みたいなこともありました。野音て、当たらないじゃないですか。

●野音、「当たる」ものなんですね?

E:20年前のさんピンは、95年に「やりましょう」ってなって、誰かに譲ってもらったわけじゃなく、とれたんだよね。別に、最初から「7月にやろう」って話があったわけじゃないから。

R:ウチも今回は実行委員5人くらい、5社くらいで行ってます。そういうもんなんです。制作会社とかかき集めてみんなで、それで当たっちゃったんですよ。

E:だから今も謎なのは、1週間後にあったLB祭の方なんだよね。あれは発表とかを考えても、結構直前に決まってると思うんだ。あっちは、どっかから譲ってもらったんじゃないかと思ってるんだけど。

●とにかく、お二方とも、強運を引きつけられた。

R:それで、お話しに行って、「やらせていただけないでしょうか」と。

●RYUZOさんは、最初のさんピンの頃、どんな状況だったんですか?

R:オレは大阪に住んでて、MAGUMA(MC’S)でラップしてて、19とか18ですね。

●さんピんのことは、耳に入ってきていた?

R:言うたら、その頃金もないじゃないですか。だから、「誰か行かへんのか?」みたいになったら、ERONEが「オレ、行ってきます」みたいな。

E:東京まで?

R:はい。ラジカセ持って(笑)。それでその後ERONEに、どんなだったかを聞かされてましたね。

E:そうなんだ。大阪でもやったのにね。

R:それでその大阪の時、オレはRINO君と初めて会ったんですよ。大阪の帰りにRINO君が京都に来て、そこで。ただとにかく、さんピンのビデオは擦り切れるまで観ました。色んな人が出てて面白い。あの中では「パイセン」たちが、「ハイコー」という、、例えば、NITROの先輩たちが後輩じゃないですか(笑)。

●キャリアの中でも節目になっている?

R:オレらぐらいから、アナーキーくらいの世代の子たちまでは、やられてるんじゃないですかね。でも、これはやってみて思ったんですけど、そうじゃない人たちもいるんです。今回は、ECDさんやさんピンを元々やられてた方から、「昔出てたメンツは外して、今のメンツでさんピンを」ということで、前には出てなかったメンツで揃えたんです。それはオレとか、ダースにとっては、「ウォー」みたいな。オレら世代には、涙モンなんですよ。だから、企画について言いに行った人たちはすげえ喜んでくれたけど、「さんピンって何なんですか」みたいな、そうじゃない人もやっぱりいて。考えると、当時3歳とかですから、生まれたてみたいな話で(笑)。

E:そうだよね、20年前だからね。

R:それで断られたりとか、色々あって、心痛めて「ヒップホップも変わったな」とか思いながら、、

●可能な範囲で、断られたのは?

R:言うたら、怒られるっす(笑)。でも、Twitterとかでボロカス言ってくるやつとかいるんですけど、オレに言わせれば「お前の想像の範囲は全部呼んどるわ、ボケ!(笑)」と。「呼ばへんわけないやんけ」という話なんですよね。しかも、オレのコネクションがどうのこうの書いてるんですけど、実行委員10人もいて、偏らないようスペシャリスト集めて、その最も精通したやつらでやってて。もちろん全員呼んでるし、断られても出て欲しいから、何回もチャレンジしてるんです。それでも、断られたりとか。

E:その「呼ぶ」、「呼ばない」はね、、僕はそれ1人でやってたから。しかも、全部電話連絡で。

R:すごいですね。オレなんかだと漢とかB.Dくらいしか、自分で言ってないかもしれないです。

E:当時さすがにSNSとかはないから、それで決めて発表するじゃん。すると、誰とは言えないけど、前日に「出してくれ」って電話してきたやつとかもいるもんね。

●ECDさんが、「新しい世代にして欲しい」とRYUZOさんに伝えた、その背景はどんなものだったんでしょう?

E:この話がちゃんとあったのは今年に入ってからなんだけど、でももう1年以上前から、本根さん(もとavex)経由でチラチラ耳に入ってきていて。

●当時、ECDさんもavexです。

E:それで、コンちゃん(DEV LARGE)が死んだじゃん。「HUSTLERS CONVENTION」があって、VISIONにやたら人が来たでしょう?あのメンツって、基本的に元のさんピンのメンツなわけ。もちろんスチャとか、もうちょっと後のNITROとかも出てるけど、基本的にはあそこに集まってる連中が求めていたのは、「さんピン」だったと思うのね。だから、「あれはコンちゃんのプレゼントだな」と思って、「それはもうやんなくてもいいかな」って。

●初回のさんピンにおいては、やはりコンさん、ブッダの存在は大きかったんでしょうか?

E:それは、それ以上に「雷」の亜熱帯雨林とか、95年の盛り上がりがすべてのきっかけだから。

●そこにさらにブッダが加わった。

E:95年、東京のヒップホップシーンに、それまで経験したことがないような盛り上がりがあって。「これは絶対残さないといけない」と思って、最初は「映画にしよう」ということで、クライマックスシーンは野音で撮ろうというのは1年前から決まってて。

●「WILD STYLE」へのオマージュですね。

E:それで野音がとれて、でも「1年後までこの熱は保つのかな」と、その時からずっと思ってて。ただ「サントラは出そう」と思って、そこにブッダも帰ってきて、95年から96年にかけて「証言」、「人間発電所」が出たの。最初、95年に「やろう」って段階ではライブだけの盛り上がりしかなかったのが、ちゃんと音源で出せたから、続いたと思うんだよね。

●未だにクラシックとされている曲がそのタイミングで。

E:それは最近気がついたことなあんだけど。

R:あれは、「オトコパック」やったんすよ。「生で観れる」って無いんですよ。地方のガキからしたら、やられまくってリリック全部覚えてる人らが、全部映像で観れるって最高やったっすね。あれ、映像で観れたから、洋服とかも一気にあの時流行ったと思うんですよ。

E:まだ、みんながPVとかをつくれるような状況でもなかったしね。

R:それが、あのビデオの中では、みんな動いてたんですよね、、!日本語ラッパーの動き、なかなか、当時は東京行かな観れないんすよ。それがまとめて観れるという(笑)。だって実際、隠し撮りしにも行ってたすもんね。「雷のライブがある」って聞いたら、東京まで行って鞄に入れて隠し撮りするとか、そんな感じやったから。

E:僕らだって当時、DJ’s ChoiceとかでNYの映像とかを必死になって買って、研究したりしていたわけだから。

●そうして、初回のさんピン世代には、一区切りがついた。

E:それに僕は、そういう意味で今回の企画に参加しているわけじゃないから。ただ一応サジェスチョンというか、別に「新しいことをやる」という条件を出したわけじゃないし、「やらせないよ」とか、そんなことを言う権利もないし。

●とはいえ、改めてRYUZOさんが挨拶にくるということは、「本当にやるんだ」ということかと思います。どう受けとめましたか?

E:嬉しいと言えば、嬉しいけどね。まあ、でも、僕はもうあのさんピンで一回燃え尽きているので(笑)。だから、何と言うか、なぜか心労がかさむものなんだ、さんピんは。僕なんてあれでアル中になったようなもんだから。

●それは大変なことじゃないですか。

E:そうだよ。だってあの後みんなおかしくなってるからね。それはYOU(THE:ROCK★)ちゃんとかだって。「あの時の熱狂が冷めなくて、1年くらいおかしかった」って直接聞いたことがあるし。あれがあって、営業がやたら増えて、そういうので小銭は入ってくるし、それで「ちょっとおかしくなった」とか、それは色んな意味で。

●色々な意味の、大きな節目だった。

E:実はだって、あの後一年くらいでブッダとかがアルバムとか出してたら全然シーンが違ったんだけど、結局3年くらい出なかったでしょう?だから、やっぱり色々あるんだよね、、

●色々なことを、狂わした。

E:うん、おかしくなったと、思うな(笑)。

R:完全に「忙しくなっただろうな」とは思うんすよね。あれ観たら、「呼ぼう」って思うじゃないですか。オレら、そこからさんピンに出てる人ほとんど京都に呼んでますもんね。呼び狂う(笑)。「これ、ホンモノ観るっしょ」みたいな。

●RYUZOさんは、ECDさんのサジェスチョンはどう受け止めたんですか?

R:名前に恥じないことをしようと思って。ECDさんのところにはオレが話しに行ってるんですけど、その後はavexや裏方の人間とかと、色々さんピンやるにあたって協力が必要な会社をピックして、話してという感じです。しんどいことはありますけど、やりがいあるし、立場としては「弁護士」みたいもの。前に出て喋るのは裏方ではなくオレになってしまうので、色々言われるのは覚悟していたので。

●シーンは相当大きく、層も厚くなっていると思います。

R:そうなんですよ。だから、すごく今、見せた方がいいんじゃないかと思います。あとは「SUMMER:BOMB」もやるじゃないですか。フリースタイルブームで「SUMMER:BOMB」もあって、そことの兼ね合いもあったりするんです。例えば、オレらがCreepy Nuts呼ぶのはなんか違うというか、それは絶対あっちで出るし。今、フリースタイルばっかり注目されるから、この辺でちゃんと韻踏みとか、フリースタイルダンジョンとかで活躍してる人らが、ちゃんとしたライブを観てもらう。そして今回は、Abema(TV)で生放送されるんですよ。チケットは一日で完売したんで、でもやっぱり、もっと観て欲しいじゃないですか。もっともっと観たい人はたくさんいるので、いつも日本語RAPを支えてきてくれた藤田社長に相談して。そしたら「ちょうどAbemaつくったんだよね」ということで、携帯でみんな観れるし、最高やと思うんです。

●出演ラッパーを選ぶ基準は、何か明確にあったんですか?

R:YouTubeの再生回数とかも全部見ています。ぶっちゃけ、それもあるじゃないですか。人に求められているものとか、近々にアルバムを出してたりとか、どれだけ話題かとか。あとは、頼んでOKか、やれる状態なのかとか。それは例えば、SCARSがパクられてて、「出てきてんの?」とか。全員揃うなら出て欲しいけど、もうタイムテーブルいっぱいで入れられへんとか。「もっと早く誰か教えて」みたいな、オレらにも予期せぬ出来事があったり。あとは、注目されてても、アルバムないと難しかったり。

●現在進行形で、「今」やってる人たちに焦点を当てていった。

R:やる方にも空気は入れてるんすよ。お前ら、「選ばれたんやで、頼むで」って。「時間とか守って、最高のことやってや!」って(笑)。出る方も、その中から選ばれたというか、出るやつだけでシーンをつくったんじゃないと思うんですよ。色んな、ここに出えへん人らの、屍の上にオレらいるから、「その代表やねんから、お前らわかってるのけ?」というのは、オレが喋ったり会ったりしても「これ、マジやから」って。色んなやつが出たい中で、選ばれてるからって。

E:それは、この前のさんピンでMUMMY-Dがステージで言ってたことだね。

R:そうですよね。ヒップホップってそうじゃないですか。その美学なくしたらクソみたいな奴らばっかりやと思うんです。

●歩いてきた道筋に何があったか。

R:それがオレ、ヒップホップやと思うんで、勝ち抜いたやつでも、そこがないやつ嫌いです。「そこでしょ」、「それ以外何があんねん」って思います。

●ECDさんは、今回のさんピンに出ているラッパーたちをはじめ、新譜は今もチェックされていますか?

E:知らなくはないかな。さすがに、全部CDを買ってるとかはないけど。でもライブはなかなか、一緒に出たことがないと。

R:今はTwitterとかインスタとか、みんな勝手にアップするから、聴こえてきますよね。オレ細かくチェックしてないっすね。自然と入ってくるやつだけです。ボスってたら入ってくるでしょ。まあ、それもダメなんですけどね。フリースタイルの子とかでも、楽曲がカッコイイ子とそうじゃない子がいて、それはジブさんが、「何とかしたい」ってやってますね。

●ECDさんも、当時ブッキングの苦労はありましたか?

E:いや、それは僕は好きで、選んでただけだから。

R:当時、メールとか、ないわけですよね?

E:そう。携帯はあったけど、僕は持ってなかった。

R:その状態でフェス、すごいですよね、もう(笑)。

E:普通に家電(笑)。

R:しかもあの時代、モンスターが揃ってるじゃないですか。今の人らは、結構マネージャーとかも立ててやってるから、まだやりやすいかもしれない。

E:その頃まだね、マネージャーとかいないからそのまま本人で、しかも「金ないんだったらオレに任せてくれ」って言ったYOU THE:ROCK★が仕切れてなかったり(笑)。まあ、それはいいんだけど。

●今思い返して、「ああしとけばよかった」的なことはあるんですか?

E:いや、それはないかな。今ほど広がってないから、そこまで人がいなかったし。

R:そうですよ、当時のヘッズは出演者全員のCD買ってますから。

E:とりあえずはLBと分けて、「FUNKY GRAMMERからはライムスターだけでいいか」とか、そういう雑な括りだけでいけてるから。あとはavex所属の人たちが中心で、ブッダがトリってのは最初から決めてあった。それもavexから言われたわけじゃないけど、僕としてもそう思って。あとは一つ、これは誰も言ってないけど、自分の中で勇気がいったってほどでもないけど、僕より先にやってた人を誰も呼んでないからね。完ちゃんとか、いとうさん、近田さんも呼んでないし、「もしかしたら不義理と思われてることもあるかな」と、今思うとそれはあるよね。

R:ああ、そう考えたら、そうですね。

E:それと昨日気付いたんだけど、86年の7月って「WALK THIS WAY」が出たの。96年7月の10年前、「WALK THIS WAY」は86年の7月4日。だからちょうど10年で、「WALK THIS WAY」がなかったら日本語ラップのシーンってはじまってないくらいの影響力があって。その前にTINNIE:PUNXはやってるけど、あれがなかったらたぶん、ブレイクしてないし。宝島とかでは、僕は読者として、「RUN DMCを紹介するためにTINNIE:PUNXがいる」くらいに見えていた。実際「WALK THIS WAY」がヒットしたから来日もして、みんなそれを観て「じゃあ、始めるぞ」ってなったわけだから。

●ECDさんも、NHKホールでのRUN DMCライブがきっかけですね。

E:本を読んだら、TWIGYもそうなんだよね。それまでも「ブレイクダンス」観てたりとか興味はあって、僕もバンバータさんとか好きだったし、でも「自分でやろう」と思ったのは、やっぱりRUN DMCを観てからで。そういうやつがたくさんいたから、さんピン世代、87、8年くらいに始めてる連中は、ほぼそうだと思うよ。だから逆に言うと、さんピンまで10年かかってるという(笑)。

●10年“しか”、という気もします。

R:10年“しか”ですよ。オレら20年かかってますから。

●今お名前が出た、TWIGYさんはさんピンにいませんでした。

E:そのことは、TWIGYの本にちゃんと書いてあったね。

●やっと、真相が本に出た。

E:色々な噂だけがSNSで飛び交ってて、僕もちゃんとは知らなかったから。だってYOUちゃんが「オレに任せてくれ」って言ってて、そのまま結局来なかったという(笑)。いつちゃんと「来ない」って知らされたのか覚えてないけど、HAZUと一緒にBEATKICKSで出てもらうつもりだったから、「TWIGYが来ない」。「じゃあ、誰に?」ってなって、それで急遽TOKONAを呼んだという。そうしたらavexがちゃんとフォローしてなくて、とってたはずのホテルがとれてなくて、TOKONAが東京に来たのに「ホテルの部屋ないっすよ」って電話がきて、僕がホテルに行ったんだ。前日に。

R:そこでたぶん、さんピンで色々あって、そこからあいつ東京をディスし始めてるんすもんね。オレには当時そう言っとったっすね。ホテルのことじゃないけど、あいつもテンパッてて、たぶん行った時のバイブスが合わなかったんですよね。若いし、イケイケやし。

●とびきりイケイケな頃でしょうか。

R:言っとったもん、「さんピンの時に、、!」みたいな。でもオレらからしたら、「イッコ下の奴がさんピン出てる」って、「なんじゃコイツ!」みたいな話なんですよ。同世代で、オレらより先にCD出してるのはMACCHOとTOKONAだけやから。

●TWIGYさんが来なくて、代わりにTOKONA-Xという、名古屋。

R:すごいですよ。それで今回は、紅桜です。何か似てるんです。

●ベタな質問ですが、見所は?

R:最初からモンスターがいきなり飛び出すんで、本当に一発目から観た方がいいですね。あとはノンストップで観れると思います。

E:一発目は大事だよね。さんピン、一発目が「大怪我」じゃなかったら、全然違ってたもんな(笑)。

R:だから、いきなり般若なんです。それは本人が「一番最初にやらせろ」と。

●ちゃんとこう、わかってらっしゃる。

R:さすがですよ。空気を読んではるんすよ、あの人。自分のキャラ、わかってますよね。

E:アナーキーのアルバムは今日発売だよね?般若も今日?

R:そうです。

E:結構、さんピンに合わせてきてるような(笑)。

●般若さんだと、世代はちょうど前回と今回の狭間というか。

R:オレとかと一緒です。だから、オレとか漢とか般若にしてみると、時間かかったっすよね。10年前にNITROの先輩とかやってくれてれば良かったのに(笑)。

E:般若はだって、ナイトフライト(TOKYO FMの番組)で、電話で出たやつだもんね。

R:そのナイトフライトがカセットに録られたやつが、オレら地方のラッパーには送られてきて、まわってるんすよ。それで「イッコ下や」って聞いて、「何〜!」とかって。だから、オレらの世代とかは特に、全員さんピンのトラウマなんですよ。それがDABO君とかの世代って、ちょっと入ってるんですよ。

E:そうだよね。

R:オレらの世代って、あれに無茶苦茶やられて、みんなラップしてるんですよ。

E:それで、そこから下にいっちゃうと「知らない」と。

R:だってビデオの、YOUさんのタワレコのライブの時、漢は行ってるんですよ。それで「肩にサイン書かれた」って言ってました。ホンマそこなんです。ダース(レーダー)とか、D.Oとか、朝方になったら知らず知らずのうちに雷の話をしてるやつらは、ずっとそのトラウマなんです。

●最初のさんピン前にECDさんが感じられていた盛り上がりが、20年後の今に繋がってきているんでしょうか。

E:どうなんだろうね。さすがにもう関係ないんじゃないの?また、新しいものが生まれてるんでしょう。

R:いや、ところがこれ全部、続いてるんですよ(笑)。この間も「結局、あの後輩と後輩と後輩たちがやってますよね」って話になって。新しいことやってるやつも「あ、その系譜なんや」みたいなことがあるんですよ。

●巡り巡って、スパイラルがある。

E:まあ、なくなってないからね。それも不思議だけどね。だって、パンクでピストルズが77年に出てきた時って、ロックンロールが生まれた年からまだ20何年かしか経ってない。それを考えると、ヒップホップは永遠やって過ぎ(笑)。日本語ラップだけで考えてももう30年の歴史があるんで、「何だろう?」って。

R:進化していってるっすよね。

E:廃れたことがないという。だって、みんなその時その時のやつが「フレッシュだ」って言ってるわけで。

R:しかも、確かにフレッシュですもんね。まあ、最初の頃の人からしてみれば、今のなんて「お前、何歌ってんねん」って話かもしれませんが(笑)。

●不遇の時代、とか、「認められなくて」とか、ずっとそういう話があった印象なのが、ふと気付いたら、逆に長い。

E:グループサウンズみたいに「ドカーン」と爆発しなかったおかげで、続いている気もするし。

R:まあでも、今は死角ナシです。ヒップホップ、揃ってますよね。
 ラップ人口が増えて、フリースタイルから、狂ってるやつから、TV出れるやつから、お笑いいけるやつから、タレントが増えてるんやと思うんです。ずっと売れへんだけで、誰かが突き破らへんから、タレントだけ無茶苦茶多い(笑)。TV局とかにしてみれば、「こんなんも、こんなんもおんのや!」、「オモロい、オモロい!」みたいな。

●盤石の体制ができている。

R:「TVいけんの、D.Oだけやないんや。その後輩もいけちゃうの?」って(笑)。D.O系譜は、TV巧いんですよね。

●それこそ本人だからこそ、切り拓いてきた道ですね。

R:どう考えても、そうでしょう。この前沖縄一緒やって、前乗りして3日間くらい一緒に遊んで、お互い「いや、苦労したな」って話して。

●ECDさんは、当日行かれるんですか?

E:月一のDJイベントがちょうどその日にあって、しかも時間が日中なので、行けないんです。

●それでも何らか、期待している部分は?

E:「今度のさんピンは、何を殺してくれるのかな?」と。

●それは、、

E:僕の中で「J RAPは殺した」ので、「次は何を殺してくれるのかな?」という。

R:本当ですね、、面白いっすね。

●大きな課題ですね。

E:あの頃、それをわざとやってた面もあるけど、でも確かに何かあったからね。だから、さっき言った、先の世代を出さなかったのもそうだし、「ここは区切りつけるぞ」っていう。

R:そういうことで、全然違う「新しいヒップホップ」になったかもしれませんよね。でも、今回さんピンやったら、オレも「やったな」って感じですね(笑)。

●今回も、様子がおかしくなる人たちが出るんでしょうか?

R:その、様子おかしくなったパイセンたちの屍の上をオレたちが歩いてるんだとしたら、やっぱり様子おかしくならないと。そうじゃなかったら、こんなに大きくならなかったと思うんですよ。みんな、失敗してるわけじゃないですか。言ったらオレらも、D.Oとかも、ここまで時間がかかった。色々なシガラミと戦ったり、悪いことしたり、パクられたり、イキがらなくていいのにイキがったりまわり道してきた。でも次の世代には、「そうじゃないぞ」というのを歳下の子らに、「まわり道なんてしなくていい」、「音楽で食っていけるぞ」というのを、バトンタッチせなダメだと思うんですよね。ラップだけで食えへんから、オレらの世代は色んな失敗してきた。だから、「そうじゃない」ということを。まあでも、今は可能性あります。オレらの世代、金にならんところで、フリースタイルをずっと闘い続けてきよったわけじゃないですか。やっとこうなったんすよ。夢持てて、テレビにも出れて、やっと今「すごくいいバトンタッチしてるんちゃうの、オレら」って、勝手になってます(笑)。

●それから、当日7月10日は、参院選の投票日です。

R:オレはもう、期日前投票しています。「三宅」に入れるために住所変えて、そこはみんな色んな意見があるとは思うんですけど、あいつにはバンドの時からやられてて。それに、DELI君もおるんで。

E:今回投票は、当日来た客に言ってもダメだからね(笑)。

●ですので、それこそこのインタビューで。

R:オレは結構Twitterで言ってるっす。投票行ってから、さんピン来るってのがいいですよね。

E:それはそうだね。

R:このさんピンに来る、アンテナびんびん立ってる奴は、自民党草案通ったらヤバ過ぎるでしょうと。むしろ「投票しないと来させないぞ」ぐらいの、ホンマに(笑)。

E:証明書くれるからね。

R:あと、「鉛筆で書くな」って。

E:一応言っておくけど、僕は不正投票は一切信じていないので。陰謀論だと思っているから。

●それにしても、そこが重なるというのは、やはり引きの強さかと。

R:誰か狂い出すっすね、これは(笑)。終わったら、確実に。

●そしてまた、20年後に続いていく。

E:本当はね、最初やった時、自分の中では「オリンピックくらいでやりたいな」という気持ちはあったんだけどね。それも大阪か名古屋のステージの上で、一回たぶん「次、4年後」みたいなことを言ってると思うんだ。だから、約束やぶってる。でも、今回の方がさらにキツそうな気がするな(笑)。

R:オレは当日、熱く語りに行くだけです。ただ、やってくれている裏方が「時間守ってや」というより、オレが直接伝えた方が早かったりするじゃないですか。あと、先輩方に挨拶に行ったりとか、そういう裏方の人では無理な部分、やらせてもらいます。