STREET

John Cardiel

 
   

Text by Shizuo Ishii Photo by EC

2016年4月にRiddimOnlineに掲載された記事です。

Chromeからシグネチャー・バックパックをリリースしているジョン・カーディエルが来日、ターンテーブルをプレイした。かける曲はもちろんレゲエ。Riddimとしては、これで3度目のインタヴューだから、今回はレゲエについて聞いてみた。

●以前のRiddimはレゲエ100%の雑誌だったのですが、311以降はレゲエだけじゃなくてアートやストリート・カルチャーといった様々なジャンルを取り上げています。

John Cardiel(以下、J) : うん、ヴァイブスがちょっと変わったね。とてもクールだよ。レゲエはとてもパワフルなモノだね。

●雑誌は83年からやっていて、Reggaeというスペルにはggとgが2つ並んでいるからRiddimというようにdを2つにしたスペルでスタートしました。当時知り合いだったSugar Minottが85年にリリースしたアルバム・タイトルが「Rydim」でした。まだスペルが統一されていなかったけど、今ではこのRiddimというスペルが世界中で使われて、今では同じ名前の雑誌がドイツにもあるらしいです、あはは。

J : 本当?! ここから生まれたの?? Wow!!それはとてもクールだね。自然にそれを思いついたなんてスゴいね。Sugarの娘のPashonは音楽をやっていて、僕はスペシャルなダブプレートを持っているよ。

●カーディエルはいつからレゲエに興味を持ち始めましたか?

J : 僕はハーフムン・ベイという海沿いの街で育ったんだけど、そこに住んでいる人たちはサーファーやウィードを吸っている人が多くて、だいたいBob MarleyやPeter Toshを聴いていたんだ。だからまずそういう環境からヴァイブレーションを得たんだ。

●という事は子供の頃という事ですか?

J : そうだよ、小学校の1〜2年生頃かな。でもいわゆるビッグチューンばかり。15歳くらいの時にPeter Toshの曲に影響を受けてちゃんと聴き始めて聖書を手に取る様になった。そしてこれは全てに意味があって繋がってるんだなって気づいて、それで深くのめり込んでいくとCultureやIsrael Vibrationが歌っていることを知ることになって、さらに知識を広がって音楽がどんどんとエンドレスに繋がっていったという感じかな。

●そういえばあなたのDVD『Epicly Later’d』を見たんですが、レコードやターンテーブルがある部屋で「これ、高校の頃に描いた絵だよ」ってレゲエっぽいのがチラッと見えましたが?

J : うん、単純にウィードを吸ってサーファーを眺めながらヴァイブスで描いたものだよ。

●サーフィンもやっていたんですか?

J : いや、波を見ているほうが好きだったね。サーフタウンで育ったからサーファーはちょっと悪そうでクール過ぎて見えたんだ。威嚇してくる様なヴァイブスがあんまり好きじゃなかったんだよね(笑)、だからスケートをしていたよ。

●ではレゲエ・セレクターをする様になったきっかけは?

J : 始める前まではレコードをじっくり見るなんてことはなかった。まあ、よく理解してなかった。レコードに書いてある意味さえ分からなかった。2004年にAnti Heroのオーストラリア・ツアー(Tent City)でアクシデントにあって(歩くことができなくなっていた)から、自分の時間が有り余るほどできたことがきっかけなんだ。その前の2002年に、ジャマイカへ行くことがあってSonic Distributionの倉庫に入れてもらってレコードを買ったんだ。何枚か選んでいくうちに同じレーベルには同じリディムがあるんだ、、、ということに気がつきレゲエの45(シングル)のことがちょっと分ったんだよ。曲の成り立ちやトラックのできているストーリーが分かったんだ。僕はそれに一気にのめり込んだね。今でも覚えてるけど、そこで初めて買った45はGlen Washingtonの「Jah Glory」だった。今はその曲のダブプレートさえ持っているよ。だから無知だった当時から考えたらこんなふうにセレクターをやるなんて全く信じられないね。Sound Clashのカルチャーも素晴らしい。今こうやって日本に来て、今夜はMighty CrownとStone Love(Rory)のショウが日本で見られるなんてレゲエがとても大きなカルチャーであるという良い証だよね。レゲエを通しての僕の進化形がこれだよ。実は45の(センター)アダプターを作ったんだ。それもスケートデッキの廃材を使ったリサイクル・アダプターで僕のシグネチャーだよ。触ってみる? 重さもバッチリだろう。ECはターンテーブルが2つあってミックスしてるんだよね? 2つどうぞ! このアダプターは生産化するまでにスゴくこだわってかなりの時間がかかったんだ。

●ウワッ!!ありがとう。

J : いや、こちらこそありがとう。ECは、今まで僕に色々な刺激を与えてくれているからね。

●昨夜は3時間くらい1人で楽しそうに廻していましたけど、ちょっと3時間は大変でしたか?

J : うん、でも昨日のChrome StoreのOpening Partyに来てくれたお客さんは、オールドスクールなレゲエ好きだったね。Coxsone(スタジオ・ワン)の曲には反応が良かったけど、最近の曲にはちょっとダレ気味だったかな(笑)。

●昨夜は45のレコードを廻していましたが、いつもアナログで廻しているんですか? 

J : いやセラートが多いかな。というのは最近の新しい曲はレコードにならない曲が多いし、レコードになるまでにタイムラグがあったりするからね。レゲエはこの新曲がヤバい!と思ったら、その時にプレイしなきゃ意味がないんだ。それにジャマイカ人の歌には歌うべき意味や優れた表現力があると感じるんだ。愛や苦難だね。だからそれをタイムリーにプレイしてリスナー広めることこそが重要だと思ってる。

●僕の弟のSonnyは、80年代始めにBull Wackieとニュージャージーの彼の家の地下でWackiesと言うレーベルを運営していました。僕が日本盤を少し出したりしていて、そこでレコーディングした音のクオリティが悪くて文句を言ったんです。そうしたらBull Wackieが「俺たちは今歌わなければならないことを今歌っている。お金を貯めて立派なスタジオを作ってからレコーディングする歌じゃない。今出来る状態でやるんだ」って言われたんです。

J : それはとてもクールな話だ。何にでも共通することだと思う。スケートの映像もそうだよ。とにかく世に出す事がとても重要で、それが1つのスタンダードになって成長していくんだ。世に出さなかったら首を絞めているのと変わらないよ。

●Cardielとも仲の良いAce TrucksのオーナーのJoey Tershayもレゲエが好きですね。彼もレコードを廻したりしてますか?

J : 彼はそんなにミックスすることに関しては深く追求していないけど、レゲエは大好きだね。彼はPeter MorganやJ Boogと仲良しで、Jamrock Reggae Cruiseにも一緒に行っていたよ。僕も今年は行きたいね。そこに出演していたSpragga Benzの家族は僕の住むサクラメントにいるんだ。Sammy Dreadのバースデー・パーティでは僕がセレクターをして、Junior Demusもいたんだ。彼らはサクラメントに住んでいるよ。

●そう言えば2009年にサクラメント映画祭で僕の作った「Ruffn‘Tuff」が上映された時にも見に来てくれてありがとう。

J : あの映画で、Gladdyがあんなにレゲエに影響力を持った人だと知った。どのようにこの音楽が進化してきたかを知るヒストリーのとても良い勉強になったよ。とても感謝している。時間をかけてドキュメントして、彼らの隠れた情報を世に出したことにとても感謝するよ。「Ruffn’ Tuff」を見たことで更にレゲエに対してリスペクトするようになったんだ。

●僕の周りではChromeのCardielシグネチャーを持っている人が多いけど、あのシグネチャー・モデルのこだわりについて教えてください。

J : まずChromeが作るバッグはタフなんだ。Chromeは最高のバッグを作っている! 僕はバックパックが大好きだから、自分のシグネチャーで素晴らしい商品を製品化させてもらったことにとても感謝している。FortnightとORPという名前のモノは僕がデザインした。このバックパックを日本でもリリース出来てとても嬉しい。僕はORPが一番のお気に入りだね。すごく簡単に物の出し入れが出来るだけじゃなくて、すごく軽いんだ。それにこの素材ならこのORP自体をFortnightに入れて出かけることだって出来るからね!