MUSIC

Bulby York

Text & Photo by Shizuo "EC" Ishii

2016年7月にRiddimOnlineに掲載されたインタビューです。

ジャマイカのエンジニア/プロデューサーとして活躍してきたBulbyことCollin Yorkがソロ・アルバムをリリースした。それも、想像した以上に幅広いアイディアで構成された作品だ。
 彼には90年代初頭から現在まで沢山のレコーディングとミックスをしてもらってきた。Thriller UからChaquraまでそれこそ数十曲に及ぶ。25年以上の知り合いではあるものの、今まで彼の生い立ちについて聞いたことなどなかった。なぜなら、いつのまにかデッカい目をした少年がMixing Labスタジオで働いていたからだ。
では、Skypeで久しぶりに話を聞いてみよう。

●ヤア!、しばらく! アルバムについて聞きたいけど、先ずBulbyはいつどこで生まれたんだい?

Bulby(以下、B) : フッフッフ、1972年にSt. James(セント・ジェームス教区、モンテゴ・ベイ)で生まれたけど、間もなくしてKingstonに引っ越しました。

●たしかBulbyと初めて会ったのは90年だったと思うんだ。Thriller Uのアルバム『Drive』を全面的にSteely & Clevieに頼んで制作していたMixing Lab Studioに行ったら、ある時に知らない若いエンジニアがいたんだ(笑)。それから25年以上、沢山の曲をレコーディングしてもらったね。いつからMixing Labで働き始めましたか?

B : Mixing Labでは89年の夏から働き始めたよ。

●エンジニアとしてのテクニックはどこで覚えたの?

B : King Tubbyのスタジオだよ。FatmanやPeegoと一緒にね。

●ええっ?そうなんだ? 僕はたしか88年にKing TubbyスタジオにMUTE BEATのリミックスを作りに行ったけど、TubbyからFatmanとPeegoは紹介してもらいましたがBulbyは見かけなかったね。

B : 僕はまだ15歳だったので、いつも学校が終わってからスタジオに行ってたからね。

●なるほどネ。いつからSly & RobbieやSteely & ClevieとMixing Labで仕事をするようになったの?

B : 最初はインターンとしてスタートして、数ヶ月してから僕のポテンシャルを分かってくれたMixing LabのオーナーのRoyがスタッフとして働かせてくれることになりました。たぶんその頃が89年だったかな。Winston Riley, Sly & Robbie, Steely & Clevie, PenthouseのDonovan Germainなどと働くようになりました。

●Fatta(Linford Marshall)とBulbyはどちらが先にMixing Labで働き始めましたか?

B : Fattaだよ。

●僕がFattaに初めて会ったのは80年代後半にMusic Mountain Studioだった。

B : David Roweがいたところだね。

●Wayne Smithのレコーディングをした時、卓の下に疲れた寝ていた若いアシスタントがFattaだった、アッハッハ。君たち二人でFat Eyes Labelをスタートしたのはいつですか?

B : 93年です。

●今はFat Eyesは、今は終わってしまったんですか?

B : 2011年に解散してFattaも僕も今は個人でやる事になったよ。

●じゃ20年近くやったんだね。それで今回がBulby名義で出した初めてのアルバムってことになるのかな?

B : イエス、そうだね。

●今までだって自分名義のアルバムを出せたはずだけど、今回はどういう経緯なんだい?

B : もう何年も自分のアルバムを作りたいとは思っていて、実はDUBアルバムを制作したかったんだ。それはエンジニアならAugustas Pablo, King Tubby, Mad Professor等と張り合いたかったからね。だから僕なりのDubアルバムだけど、素晴らしいアーティストのボーカルが入ったBulbyフィーチャリングの物を作ったんだ。さらに幾つかの曲にはビートに乗ってダンスが出来るようなナイスなサウンドも含めたよ。

●昨日アルバムを聞いていたら、その中に2曲だけHoo KimのChannel Oneスタジオでレコーディングしている曲があるけど、そのうちの1曲はTenor Sawの「Whom Shall I Fear」という曲、あれはいつレコーディングしたんだい?

B : あのTenor Sawの曲はSoljie(Cedrica Anthony Hamilton)がやってて、僕はレコーディングしていないけどTenor Sawの昔のマネージャーだったBlue Mountain RecordsのLloyd Evansにトラックを貰って僕がトラックをFixした。それともう1曲のLutan Fyahの曲はCuss Cuss Riddimで、それはChannel One StudioのプロデューサーのJoJo Hoo Kimから貰いました。あの曲は24トラックにダビングしなくてはいけなかったんだ。

●Channel One Studioで働いたことはあったの?

B : いや、一度もないよ。

●Lee Perryの曲はいつレコーディングしましたか?

B : 数年前だね。だからあれは新しいよ。オリジナルの曲はBob MarleyでLee Perryがカバーしたんだ。

●これらの様々なテイストの曲をアルバムに選んだのはなぜですか?

B : まず僕自身が気に入っている曲を選んだってことだよ。レゲエ、ラヴァーズロック、スカ、ダンスホール、エレクトロニック、R&B・・・これらの僕の好きな音楽を1枚のアルバムに全部入れたかったんだ。それによってテンポも違うしね。

●そうだ、ライナーノーツの字がとっても小さいから老人には読みづらかったよ(笑)。

B : あー、ごめん。

●今度出す時は僕に言ってくれたら、僕がデザインするから(笑)。

B : OK 、OK、次回だね(笑)。

●アルバムのいくつかの曲ではBulbyがドラムとキーボードをやっているんだね?知らなかったなぁ。

B : うん、自分でやったよ。

●よくトラックは作ってるの?

B : そうだね、でももうFat Eyesの仕事の為にじゃないよ。

●Beres Hammond & Bounty Killerの曲は、きっとHarmony HouseとMixing Labの二つのスタジオでレコーディングしたんだろう?

B : そうです。BeresのヴォーカルはHarmony Houseで、BountyはMixing Lab。あとSlyとLenkyもMixing Labです。

●この2つのスタジオはほとんど向かい側みたいなものでとても近いからね。

B : ちょっと下ったところにあるもんね。ははは。

●世界で一番好きなエンジニアは誰ですか?

B : もう亡くなってしまったKing Tubbyですね。でもイギリスのPaul Groucho SmykleとSteven Stanleyも好きです。

●それはナイスだね! その3人は僕と同じだね! King Tubbyとの思い出はありますか?

B : 彼が亡くなる前にスタジオを作っていたのですが、僕はICケーブルやPowerケーブルをミキシングボードに差し込んだりAPIボードに差し込んだりと配線をやってました。そのおかげで8トラックしか使えなかったスタジオが24トラック使える様になりました。さらに彼はドラム・ブースをスタジオの上の階に作っていました。ECはスタジオを見た事はありましたか?

●見たよ、その時は新しいミキシングボードはあったけど、まだスタジオは完成していなかった。Firehouse StudioにはTubbyが生きてる時に2回行ったよ。死んでから行ったけどもう他の人が住んでいた。

B : そうなんだ。僕は何年間も毎晩通いました。だからミキシングボードを直しながらKing Tubbyと談笑していたのが思い出です。

●あの新しいスタジオは彼が亡くなる前に完成したの?

B : いえ、それは叶いませんでした。

●Bulbyの思うKing Tubbyの凄いところはどこでしょうか?

B : 彼はとても前衛的でした。彼はDubを作り出し、当時の彼が知る由もない全てのジャンルの子供といえるハウス、テクノ、EDM、ドラムンベース、ダブステップ、ダンスホールの基をクリエイトしました。彼がDubを生み出した事で今の世界中の音楽のジャンルがあるわけだよ。

●それではPaul Groucho Smykleの凄いところは?

B : 僕はIni Kamozeのアルバム「Ini Kamoze」が好きなんだ。(♬World a reggae music on yah-eh と歌いながら)あのサウンドがとても好きです。とても良いDubです。

●それではSteven Stanleyは?

B : 僕は4年間Stevenのアシスタントをやりました。Music Works, Penthouse, Mixing Labなどで一緒に仕事して、彼のテクニックとミキシングがとても好きになりました。彼の作業はとても繊細で、最初から最後まで全てのサウンド、インストゥルメンタルが本当にベストなのかを完璧に確認していきます。そこは僕自身のミックスでもトライしていることです。

●では、Bulbyがエンジニアとして一番気にしている点は何でしょうか?

B :もちろんサウンドだね。曲にもよるんだけど常に一貫性があり普遍のものであり、その時代に合ったサウンドを作るように努力をしているよ。

●90年代のあのダンスホールがバクハツした時代にBulbyとFattaは、Sly & RobbieやSteely & Clevieと毎日毎晩Mixing Labで一緒に仕事をしていたよね。ものすごく勉強になったと思っているんだけど?とにかくあのスタジオから毎日、毎晩世界に向けてヒット曲が作られていたからね!

B : 昨日はSly & Robbie、今日はSteely & Clevie、明日はSly & Robbieというように働いていた時は、僕にとって一番の学校でした。最高のミュージシャンを集めて、素晴らしいリディムを作り、そのリディムにハマるアーティストでレコーディングをしてミキシングをする。毎日そのやり方を間近で何年間も見て僕はそれを上手くやる方法を学びました。リアルなプロフェッショナルから学んだんです。

●僕もSly & RobbieとSteely & Clevieにはたくさんの仕事をしてもらったけど、Bulbyから見たら彼らはどういう人かな?

B : Steelyは彼がやっている事に夢中になって取り組むタイプでした。だからビートを作っている時に熱狂的になってくると叫び始めたり靴を脱いだり。その反対にClevieは静かに座って何も言わずにドラム・トラックをクールに作っている。Sly & Robbieは基本的には2人とも静かだね。特にSlyは本当にクールにいつも落ち着いているけど、Robbieはベースを弾き始めると少しアグレシッブになってきて、集中する為にベースを弾いて弾いて弾きまくって、フィーリングを創り上げるタイプだね。