ART

横山忠正 『FLOWERS+』・『DOUBLE CROSS××』

 
   

Interview by Shizuo “EC” Ishii

 1980年代前半にPlasticsやMute Beatなどと時代を共有したThe SpoilというニューウエーヴJAZZバンドの中心人物だったのが横山忠正。The SpoilはNYやLAでも公演し、1982年キティ・レコードよりアルバム『DAY AND NIGHT』をリリースしている。当時の横山忠正はグラフィック・デザイナーとしても大活躍していた。
 彼と初めて会ったのはPater佐藤のアトリエだった。オフィスは骨董通りにあり僕のオフィスともご近所さんだった。
 僕はLAやNYのニューペインティングと呼ばれたアートシーンに触れる機会があり、OVERART(オーバーアート) というギャラリーをオープンして、ゲイリー・パンターやマーク・バイヤーを来日させたり、Plasticsの中西俊夫の個展などをやり始めていたので、当然のように横山忠正の“MIDNIGHT DRY ART”という彼の個展を開催した。
 彼のペインティングは、松山勲氏が西麻布のレッドシューズに続いて六本木龍土町にオープンしたinkstickに飾られていた。Inkstickは内外のアーティストたち、例えばビル・ラズウェルやデヴィッド・ボウイなども訪れる東京で最もイケてるクラブで、定期的にライブも行われていた。
その横山忠正が、個展『FLOWERS+』・『DOUBLE CROSS××』を開催する。その思いとは?

●80年代は色々な絵を描いていた気がするけど、最近は花を描いているでしょう。花にいき着いたのはどういう経緯なのですか。

横山忠正(以下Y):最初は抽象画を描いていた、イラストレーションとは別にね。

● その頃だけど「ジャクソン・ポロックっていいよね」って言って「あれ?グラフィック・デザインとは違うんだ」と思ったんです。

Y: 抽象画を描いていたらNYの友達から「具象画を描いてみたら抽象の意味が分かるのでは?」と言われてね。具象か、じゃあ花でも描いてみるか、あれ?どこのどの花を描けばいいんだ?子どもの頃、花は摘み放題だった。今は自然の花ってどこに咲いているの?これは大変なことになっているなとすごい衝撃でした。花を描き残さなければ、あっという間に自然界の花なんて見られない時代が目の前に迫っている。それでまだ出会える花を追い求めて世界を回り、フラワーハンターとして花を肖像に描き残そうと決意しました。

● それは、何年ぐらいですか。

Y: まだ環境問題が今ほど騒がれてはいない1985年頃で、この惑星は花の惑星なんだと知らされたんです。恐竜時代が終わり、植物は花を誕生させた。その花のお陰で哺乳類が生まれ、最後に人類が花の咲き誇る惑星に生まれて来たわけです。
 だからこの地球は花の惑星なんです。それを伝え継承し訴えなければという気持ちになった。真の花の惑星とはどういう姿なのかを、一人一人が考えてほしいということから始まったんです。
 
 この地球上の一番高い所に咲いているスノーロータス(雪蓮)、ヒマラヤの4500メートルですね。そこに花瓶を背負って登って行って、それを生けて写真に撮りスケッチして、そして東京のアトリエに帰って大きいキャンバスに描くという作業が始まったんです。

● そんな死も意識する状況で描いていたのは、いつ頃ですか。

Y: 1987年頃からですね。ブラック・オーキッドという黒い蘭がジャングルの奥に咲いている。世界中に蘭の愛好家がいて、その人たちは知的なホビーみたいなもので、とんでもないお金と時間をかけて自分の蘭を誕生させ、自分の名前をつけたりして発表するんです。薔薇や菊の愛好家とか色々いるけど蘭の愛好家というのが究極なステータスですね。
 新しい品種を作り出すために絶対的に必要なのは原種です。蘭の基が何種かあるけど、このブラック・オーキッドが原種の最たるもの。愛好家の中ではそのブラック・オーキッドは金のように取引されている花なんです。
 それがボルネオで首狩り族の村からジャングルの奥地へと蘭を追い求め分け入って行き、ブラック・オーキッドを採って花瓶に生けて、それでまた同じようにスケッチして撮影して、大きい絵に描いたんですが今ではその花に出会うことは不可能でしょう。
 
 タイとビルマとラオスの三国に股がってゴールデントライアングルと言われる地域がありますよね。ビルマは現在のミャンマーですが、今も紛争して不安定ですね。そこに解放組織モン・タイ軍の指導者クン・サ(昆紗)がケシ栽培で麻薬を資金源として独立国をつくった時代ですよ、そこまでケシの花を追い求めて入って行って、花瓶に生けて…。
 今ケシを花瓶に生けて見ることなど、まず不可能でしょう。栽培することすら違法なわけだから。でも、ケシは美しく眠りの花と呼ばれ絹の様な魅惑的な花ですね。花には何の罪も無いのに、人間はアヘン戦争までも引き起こしたんですからね。
 
 これまで描いてきた花は、一つ一つ物語が有り花の肖像として描き残しているのです。
それは花の静物画でも風景画でもなく、この地球は花の惑星なのだと問い続けて描いてきたものです。バオバブの木も大きな花を咲かせますよね。

● 我が家にはバオバブと言われて買った鉢植えが1本あるけど。

Y: バオバブはアフリカ大陸を、そして人類の進化を見続けてきた花ですよね。

● アフリカやマダガスカル島にもありますよね。

Y: そうです。だから花の存在を知ることで地球の姿みたいなものが見えてくるというか、それをどういうふうに人間が関わるのかが問われていると思うんです。
 これだけ人間の歴史を見続けてきて、原住民の人たちは神のように大切に守ってきたバオバブも、もはや絶滅危惧種に入っているのですからね。

● 魚でいったらシーラカンスみたいなもの?

Y: そう!それが本当に絶滅しようとしている。どうしようもない。もはや止めることなどできないだろうから・・・自然を守ろうとかではなくて、この惑星が花の惑星だということを、一人一人が自覚してどういう行動を取るかに懸かっていると思うのです。
 われわれ人間は、動物とは違って創造することができる唯一の生き物ですから、創造を基軸にして生ること、全ての人が芸術家ですから・・・。その行動こそ、そこにしか人間の証は無いでしょう。戦争してる場合か!

● それが今回やる個展『DOUBLE CROSS××』・『FLOWERS+』に繋がるわけですね。

Y: 『DOUBLE CROSS××』は、チャップリンへのオマージュをも踏まえています。彼は『GREAT DICTATOR (独裁者)』という作品を1940年に発表しました。ヒトラーは「今、ナチは終わるかもしれないけど、必ず100年後によみがえる」という予言を立てて、自殺する。だけど100年も経たないないのに、もうこんな世の中になってますものね。
 『NO DICTATOR』とにかく独裁者を許さない!独裁者は世界を駄目にする!あまりにも醜い。

 2020年『ONE-ON-ONE FLOWERS』特攻花の展覧会をやっていたんです。喜界島(鹿児島県)に特攻花と呼ばれている天人菊という花があって、特攻隊員が飛び立つときに島の娘たちが花を青年に渡すのです。この世のお別れに・・・それは平和を願う花ですね。
 特攻花のシリーズを描いた展覧会をMOTOMATUギャラリーから始まり、喜界島、大刀洗平和記念館で遣っていたときにパンデミックが始まってね。
 
 『FLOWERS+』フラワープラネットの願いを、平和の願いを、生命体存在自体の危うさを描き始めた分けです。
 生命体の存在を、他の生命体が危うい状態にしている。今、議論されている新たな地質年代「人新世Anthropocene」時代でしたっけ。1950年〜1960年代頃から地層が真っ黒に変っている、それが人間の世紀ですね、Black Age。

● この頃から核実験よるプルトニウムが見つかり、工業製品が増えて空気中のチリの中にプラスチックやコンクリートなどの人工物が爆発的に増えているということですよね。

Y: たった40~50年の間に生命体の70%が絶滅しているとのことで、90%ぐらいまで進むだろうといわれているよね。
 
 パンデミックがはじまって生命体とは、人間とは何かを考えさせられた。そこで古代人Ancient、僕らの祖先の想いに立ち返って考えてみなくてはと思ったんです。そしてチブサン古墳(熊本県)の壁画を見に行ったら、そこに描かれていたのは丸や三角、四角菱形の抽象的なものでした。それは、おおいなるものへの祈りを描いているのか豊饒か分かりませんが、幸を願うものなのでしょう。
 
 死者に花を手向けた最古の痕跡が発見されています。ネアンデルタール人の居住したシャニダール洞窟で遺体に添えた花粉が見つかっているのは有名ですよね。それは、死者を敬い慈しむ心の痕跡なのでしょう。(編集註:推定5〜6万年前の旧石器時代、ネアンデルタール人が居住した洞窟から副葬品として花粉の塊が発見され、花を遺体に添えたという説。または蜂が運んだという説もある)

● 普通は死者への副葬品は装身具とか日常の道具ですね。

Y: それが花と人間の一番古い接点で、人間と花の歴史の始まりですね。意識や意思、美の概念の誕生した瞬間なのだろうと考えます。
 チブサン古墳の壁画を見ると、当然意識というものを形にして描いたと理解できます。大切なものを五感でストレートに表現したシンプルで美しいものです。真理がそこには宿っていますね。
 『FLOWERS+』フラワー・シリーズを描き始めたときに、Ancient・常にそこに立ち返る意識を持っていなければいけないと思うようになったんです。
 芸術は一個人の趣味趣向で存在するものではなく、この世の真理の探究が存在しているものなのですからね。

 現代は情報が洪水の様に溢れ、何が真実なのか見えにくい世の中ですよね。ギラギラと惑わし富だけが絶対の様な世の中では、生きづらさを感ずるのも当然かもしれません。自殺者も増えますよね。
 シンプルに世を見つめ感情を削ぎ落し、自分の中に大事なものが宿っているのだから、それを見つめ信じて大切にして生きれば、未来は暗くないと思うね。自然界の花はもはや絶滅しているが、自分の創造する花を咲かせる事です。絵を描いたり、何か作ったり、音楽をやったり、全てクリエーションして生きることが大事ですよね。

 宗教概念は人間が作り上げたものですから絶対ではないですが、枢軸時代と言われる約二千年前、キリスト、ブッダ、モハメッドなど思想家が同時期に現れて、世界を宗教概念で覆いつくした時代ですよね。その神の存在を信じていたころは、まだ良かったと思いますがね。今ではそれも崩壊してマネーが神のようですものね。

● 本当にこの何十年ですね。俺が5歳だった1950年には世界の人口は25億人だったけど、今年は80億人をとっくに超えている。リトル・リチャードが活躍してた時代からたったの70年で、3倍以上の人口になって崩壊の曲線、、、とにかく現在の植物も動物も進化する前に絶滅していくんですかね。

Y: そうですよね。だから、一人一人が目指さなきゃいけないのは、人間の次なる基軸というものに向かって歩むことが大事だと思うんだよね。

● 残念なことにね、人間も絶滅危惧種なんでしょうね。

Y: そうですよね。こんな人間なんて、地球の歴史から見たら一瞬で、こんなの長く続くはずがないよね。

● 実は先日、“絶滅危惧種”っていうTシャツを作ろうと思ってデザインしたんです。これを着てたらアイロニカルかシリアスか、笑えるけど笑えないでしょう?絶滅危惧種って。
イーロン・マスク達が宇宙ビジネスをやってるのは、もはや計算上ではどうにもならないのかなと思ったりする。自分だけでも50年くらい宇宙で生きようと思ってるんじゃないのか?アッハッハ、、、だってNASAとかがとんでもない国家予算を使ってるけど、火星や月に1億人が住めるわけでもないでしょう?人類の中でも数えられる程度の人がOKして研究開発してるけど、資源開発だったら、海でも砂漠でも山だってまだまだ地球には手付かずの部分があるし、住める所はいっぱいあるのに、なぜ今宇宙なの?って考えると、俺たちには想像できない何かがあるのかなって思っちゃいますよ、SF好きとしては。

Y: そうですよね。人類がどうなっていくのかは分からないけど、人間が絶滅して数千年後また新たな生命体みたいな。

● 5千年とか1万年とかね、で、実は地球の46億年の歴史から見たら俺たち自身も人類的な生物としてはすでに3代目とか4代目だったりして、、、あはは、笑えないか?

Y: 他からこの地球という惑星に来たときに、その生命体へのメッセージとして作品を作っているんですよ。こんな生命体がいたという証しみたいなものをね。人類が創造した音楽や哲学、思想や文学などをね。芸術作品ぐらいしか誇れるものはないでしょうよ。

● それはいい、知的生命体の痕跡を残すとは。

Y: 創造する宇宙と自然界の宇宙と、それが一緒になって宇宙が広がっているわけであって、僕らの頭の中には大宇宙の花園が広がっています。この頭の中のイマジネーション、この宇宙をフルスロットで駆け抜けないとね。

● そこだけは無限ですね。現存するこの世界ではあらゆるものに限りがあるけど、宇宙と俺達のこの頭の中の想いだけは無限ですよね。

Y: 自分の一生はアッと言う間に終わるのだから、限界があるものに人生を賭ける価値が何処にあるのだろうか。素晴らしいこの宇宙という花園を見据えて果てたいね。全の人が壮大な宇宙を持っているのだから、それに火を付けて生きることが大事だろう。そうしたら、もう少し争いの少ない世界になるのではないだろうか・・・。

●横山忠正絵画展
●場所:目黒区美術館区民ギャラリー (東京都目黒区目黒2−4−36)
●会期:2023年10月4日〜9日まで / 10:00~18:00(10/9-10:00~14:00)
●横山忠正のWEB: http://www.tadamasayokoyama.com