GLADSTONE "GLADDY" ANDERSON
"GLADDY'S DOUBLE SCORE"
Interview by Nobuhiko Mabuchi / Photo by Shizuo "EC" Ishii (P.14 & P.16)
レゲエの源流に迫ったドキュメンタリー大作『Ruffn' Tuff』でフォーカスされた伝説のピアニスト、Gladstone "Gladdy" Anderson。現在76歳の御大が作り上げた16年振りのアルバムは、"ヴォーカル・ミックス"と"ピアノ・ミックス"の2枚組仕様だ。これは彼の魅力、レゲエの醍醐味を伝える必然性から生まれたアイディア。奇跡の名盤が出来上がるまでのエピソードを、共同プロデューサーの石井"EC"志津男に語ってもらった。
●まずGladstone "Gladdy" Andersonという人物との関係について伺いたいのですが、彼との出逢いはいつ頃まで遡るのですか?
石井"EC"志津男(以下EC):1984年にSugar Minottの来日公演があったんですよ。そのとき僕は既にSugarとは知り合いだったので、彼を訪ねたらバンドのメンバーにGladdyがいて。他にも当時19歳だったDanny "Axe-man" Thompson(今作もBassで参加)とかもいたんだけど、SugarはGladdyだけを僕に紹介したんだよね。
●では、Sugar Minottが繋げた仲だったんですね?
EC:そうそう。だからミスってるよなぁ。まさかSugarが死んじゃうとは思ってなかったから、『Ruffn' Tuff』を観せられてないんですよ。「お前の紹介があったから、この作品が出来たんだよ」って、直接言いたかったんだけど......。
●当時Sugarは、どのようにGladdyを紹介してきたんですか?
EC:「この男はジャマイカの音楽史における重要人物。でも、あまり表に出るのが得意じゃないから有名じゃないけど」って感じだったかな。あいつインテリだからさ、僕が興味持つように説明してくれて。で、翌日ホテルに呼ばれて、Sugarのラジカセを借りてGladdyが自分の曲を聴かせてくれたんですよ。一緒にファルセットで歌ってくれて、それが素晴らしくてね。もう、その場で「俺にリリースさせてくれ」って言いましたよ。これがGladdyと最初の出逢いであり、仕事でしたね。
"Gladdy Meets Mute Beat" at Spiral Hall, Tokyo 1987のポスター。
●そのアルバムが1985年にOVERHEATからリリースされた『Don't Look Back』で、89年には『Caribbean Sunset』(『It May Sound Silly』の日本盤)を発売。1987年にはMute Beatのライヴのために来日させ、以降4度も日本で公演(The Skatalitesとしての来日を含む)を行っています。その他にも、ECさんがジャマイカへ行く度にGladdyとリンクを重ねてきたわけですよね?
EC:当時はジャマイカにいる数少ない知り合いなので、行く度に呼び出して島を案内してもらってましたね(笑)。スタジオ代の交渉までGladdyがやってくれてましたから。
●ジャマイカン・ミュージックの生き字引が案内役という(笑)。当然、顔が利きまくるわけでしょうし。
EC:Gladdyは決して威張ったりする奴ではないんだけど、みんながリスペクトしているキーボーディストであることは間違いないですから。
●その辺は映画『Ruffn' Tuff』でも各ミュージシャンがコメントしていますよね。実際、ジャマイカで作られた80年代前半までのアルバムには、かなりの数のタイトルにGladdyの名前がクレジットされているわけですし。
EC:昔のDuke Reidの曲を聴くと、あの転がるようなピアノの弾き方はGladdyってすぐ判りますよ。Bob Marleyの作品にも参加してるしね。僕がジャマイカでGladdyと一緒にヴィンテージが流れるラジオ番組を聴いてたら「これは俺が弾いてる曲だ」って言うんだけど、もう全部そうじゃねーかってくらい(笑)。それくらい多くの作品に携わってきたってことですよ。まぁ当時のジャマイカでピアノに触れる環境にいた人は珍しかったから、キーボーディスト自体が少なかったのもあると思うけど。
●これまでGladdyとの親交を深めていく中で、彼の人物像を象徴するような発言やエピソードって何か浮かんできますか?
EC:うーん......どうだろう。『Ruffn' Tuff』でも他のみんなはインタヴュー馴れしてて名言が飛び出すんだけど、Gladdyはなかったもんなぁ。
●そこがGladdyらしさだと?
EC:そういう奴なんだと思うよ。でもね、もの凄くプライドは高い。「Jackie Mittooは俺の生徒みたいなもんだ」って平気で言っちゃうし(笑)。決して強がりじゃなくてね。あ、あとレコーディングで印象に残ってるシーンがあった。Byron LeeのDynamic Soundsでレコーディングしたとき、僕が一番好きなバンドのRoots Radicsを呼んだんですけど、あるカヴァー曲をやるときベースのFlabba(Holt)が音とれなくて。そうするとGladdyがピアノを弾きながら口でコードを教えていくんですよ。それでもFlabbaがミスると、「お前、このスクール・ボーイ!」って言うんだよ(笑)。もう驚いちゃって。だってRoots Radicsって言ったら超大御所なわけじゃないですか。それに対して「このスクール・ボーイ」だから。聞こえなかったフリしましたよ(笑)。普段は口数が少なく温厚なGladdyも、音楽のことになったら鬼になるんですよね。
●音楽がすべてなんでしょうね。
EC:ホントそう。僕の家に来たことがあるんだけど、娘の部屋のドアが少し開いてて、その隙間からピアノが見えたらしいんですよ。その途端に断りもなく娘の部屋に入って弾き始めちゃうんだから(笑)。もう、ピアノに吸い寄せられちゃう感じですよ。
●『Ruffn' Tuff』でもそんなシーンがありましたね。
EC:ピアノに関しては中毒者なんだろうね。このアルバムのタイトルを『ピアノ中毒者』ってするのもアリだったかな(笑)。
●では、そもそも今作『Gladdy's Double Score』を作ることになったキッカケを教えてください。
EC:『Ruffn' Tuff』を撮り終えた翌日に「石井、アルバムが作りたいんだ」って言われて。Gladdyはヴォーカル・アルバムが作りたいって言うんだけど、僕はインストが作りたくてね。というのも、『It May Sound Silly』ってGladdyの1stアルバムがあるんですけど、これはJay-ZもKanye Westプロデュースの曲で収録曲の「Mad Mad Ivy」をサンプリングするほどの超名盤で、僕もOVERHEATから再発したくらい思い入れがある作品なんですよ。その現代版を作ってみたいって頭だったから、これは折衷案で歌もインストも両方入った作品にしようと思って。で、ジャマイカへ行く度にのんびり作ってるGladdyに檄を飛ばして(かなり怒鳴りつけたこともあるそう)、5年かかって出来上がったのが今作なんです。
●最初から2枚組を想定して作ったんですか?
EC:いや、全て終ってからですね。Gladdyは歌とインストをそれぞれ10曲ずつ作ってきたんだけど、それを聴いたら削る必要はない、2枚組で出そうって結論に達して。この答えに到達した自分は偉いと思ってるんだけど(笑)、同じトラックを使いまわしするスタイルってレゲエが最初じゃないですか。で、Gladdyは正式に歌も唄えてヒットも出してて、しかもピアノも弾ける。だから"歌もの"と"ヴァージョン"ではなく、"歌もの"と"ピアノもの"を作れば今までにないアルバムになるぞと思って。これこそレゲエだしね。
●今作はミストーンもそのまま収録されていますが、そこにも石井さんのGladdyやレゲエに対する想いが表れているように感じました。
EC:正直、Gladdyはそんなに体調が良くなくて、本当に頑張って作ったんですよ。スタジオでレコーディングするのもある意味ライヴだし、少しくらいミストーンがあっても感動を与えられる仕上がりなら、それでいいと思って。76歳のじいさんが自分のエネルギーを絞りだして全力で作ったわけだから、その曲は1曲だって捨てられないですよ。実際、今回収録した20曲はGladdyも僕も納得のテイクですから。コンピューターで音程を修正することも出来る時代だけど、Gladdyの作品に望むところはそこじゃない。世の中にピアノを弾ける人はいっぱいいますよ。でも、さらに曲が作れてワン&オンリーの色を持ってる人って凄い才能じゃないですか。僕の中でGladdyは、そういう人ですから。
●ジャマイカの音楽を支え続けてきた76歳の男が、全力で作り上げた16年振りの最新作。多くの人の耳に届くといいですね。
EC:レゲエ・ファン以外の人にも聴いてもらいたいですね。歌が上手いってだけじゃなくて、枠から外れたところに実は面白いものがあるってことも知って欲しいですし。
●現行ダンスホールしか聴かない人たちにも手に取って欲しいです。
EC:もちろん。ダンスホールから音楽にハマって、ダンスホールだけで音楽に対する興味を完結させちゃったらもったいないですからね。ダンスホールが好きでも、同じジャマイカの音楽にこういうのもあるんだってくらいまでの貪欲さは、音楽を楽しむためには必要だと思う。聴いた上で好き嫌いは当然あっていいんですけどね。僕だってレゲエの全てがベストだとは思ってないですから。すっごい好きですけど。でも、それが自然だと思うんですよ。ハードコアなレゲエが好きって人が、かわいいオネーちゃんが歌ってる曲も好きであっていいでしょ。だからこのアルバムも、BGMにいいねとか、自由な聴き方で楽しんでもらえたら嬉しいですね。