SOUL POWER
Text by Yuta Man
この映画『ソウル・パワー』(原題:Soul Power)は、表向きには言ってしまえば、ある音楽祭のドキュメンタリー・フィルムだ。しかしこれは34年間もの時を経て、眠っていた125時間に及ぶ記録映像が編集され、その2年後、やっとここ日本での公開にこぎ着けた、"奇跡"の映画なのだ。
JBのシャウトから映画は始まり、沸騰した汗が飛び散ってくるかようなの錯覚を覚え、冒頭から、そのタイトル「ソウル・パワー」="魂の力"を注入される。結局ご存命の間に一度もライヴを観られなかった後悔が喚起されるが、すぐ忘れた。スクリーン上にめくるめく展開される、ボクシング史上最高の試合として未だ語り継がれる「キンシャサの奇跡」前夜に開催された、「Zaire 74」の映像に釘付けになるからだ。「Zaire 74」は、別名「ブラック・ウッドストック」とも呼ばれる、当時第一線で活躍していたアフリカ系アメリカ人ミュージシャン達がアメリカ本土からザイール(現コンゴ)に集結し、3日間に渡って開催された大音楽祭。
1974年に開催されたこの世紀のイヴェントの意義を、僕ら極東の島国に生まれ育った人間がしっかり理解するには、それなりの想像力を要するかもしれない。時代は、60年から続いたヴェトナム戦争終焉の頃であり、マルクスや毛沢東からの影響を強く受けた黒人達による、マルコムX、キング牧師の暗殺といった事件に煽られるかたちで活動を広げた急進的政治組織、ブラック・パンサー党の末期にあたる。奴隷としてアフリカからアメリカに連れてこられた黒人達が、格闘の末勝ち得た奴隷解放を経て、社会における自分たちの存在に目覚め、声高に発言を始めていた時。社会全体で、人間の存在について再定義が行われ、再構築されかかっていた渦中に、既にショウ・ビジネスの世界で成功をおさめていたアフリカ系アメリカ人達が、自分達の本当の故郷で、魂の凱旋ライヴを行ったのだ。
太い体にヒゲを蓄え、脂が乗り切り、腹に"GFOS(God Father Of Soul)"の刻印を入れたJBのパフォーマンスは言わずもがな。お揃いのスーツでステップを刻み、甘い歌声を披露するスピナーズ。貫禄のB.B.キングに、ど渋く歌いこむビル・ウィザース。ステージ上でのパフォーマンスはなくとも、舞台裏で踊りはしゃぐ、若かりし日のシスター・スレッジに、アフリカの路地で、子供達に向かってソプラノ・サックスを吹くマヌ・ディバンゴ。どのシーンも瑞々しく、今もその作品群が世界中で愛され続けるミュージシャン達の、貴重な、活き活きとした姿が映し出される。そして、徴兵制を拒否して王座を剥奪され、さらにはジョー・フレイジャーに負け、この対フォアマン戦でも下馬評では敗戦が圧倒的だった、もうすぐまさにその"奇跡"を起こす前夜の若々しいモハメド・アリ。そのアリをアフリカまで担ぎだし、世界10億人に向けその"奇跡"を見せつけるべく画策する希代のプロモーター、ドン・キング。すべてのファクターが心に迫り、揺さぶられる。
『ソウル・パワー』は、『モハメド・アリ かけがえのない日々』の編集を務め、膨大な貴重映像の存在を至近距離で知っていたジェフリー・レヴィ=ヒント氏が監督。36年の歳月を経てここ日本での公開に至った、これ自体が奇跡のフィルムの最後を、パフォーマンスを終え、汗だくのJBが一礼の後、締めくくる。
「この映画を観終わったら、一つやってほしいことがある。自分に向かって言うんだ、『Damn Right, I Am Somebody!』と」
自分自身の存在意義を、根底から問いかけてくれる一本だ。
〜 上映情報 〜
『ソウル・パワー』
6月12日(土)より渋谷シネセゾン、吉祥寺バウスシアター、新宿K'sシネマ、川崎チネチッタほかにて公開。
http://www.uplink.co.jp/soulpower