HOME > 323 > RING RING RING from No.323

topics

RING RING RING
 
【『ヤーディ』の巻】
今回は自分で翻訳した小説について書かせてもらいます。しかし、『Riddim』の読者のみなさんにも興味を持っていただけるのではないか?と思います。
 
今回僕がとうとう終了した翻訳は、1992年に出版された『Yardie』(The X-Press Limited)の翻訳です。主人公、D.によるイギリスでの冒険はこのあとの2作、1993年の『Excess』、そして1994年に出版された『Yush』まで続きますが、とりあえず、『ヤーディ』だけでも独立した小説として読むことができます。
 
ジャマイカからの移民でごったがえすヒースロー空港の描写から始まり、その後スピーディな展開を見せるこの物語は、たしかにジャマイカン・ギャングスター・ノヴェルである、と言えます。いわゆるパルプ・フィクションですね。しかし、この小説にはそれを越えた魅力が備わっていて、それゆえに僕自身もこの小説の翻訳を諦めきれなかったのか?と思います。確か、実際に手にとったのが、1990年代初頭なので、かなりの時間が過ぎているんですが、でも、この小説を手にしてから、なぜ自分がこんなにひきつけられるのかを、時折思いだしては自分自身に尋ねてきました。
 
ギャングスター、もしくはストリート・ギャングという題材は、小説や映画におけるモチーフとして決して珍しいものではありません。そのジャンルを広義に捉えるとするなら、1960年につくられたマーロン・ブランド主演の映画『乱暴者』をその発端として、1970年代を通じて制作されたバイカー・ギャングたちの映画や小説群もそれに含められるものとして扱っていいでしょうし、1983年のアル・パチーノの『スカーフェイス』、1990年のマーティン・スコセッシが監督を手がけ、レイ・リオッタ、ロバート・デ・ニーロなどが主演した『グッドフェローズ』、また、舞台を香港に移すと1986年にジョン・ウー監督によって撮られた『男たちの挽歌』、そして我が国では、戦後の闇市からのしあがるやくざたちの姿を描いた『仁義なき戦い』、といった具合に、どの国を見てみても、多くのギャングスターの物語が語られてきたことがわかります。そしてそれらのうちのほとんどが、本書でも主要なモチーフであり、彼らの"シノギ"のひとつでもある麻薬取引というトピックをかならずといっていいほど扱っています----ギャングの複雑な一面を描いたのは、はるか昔、たぶん、モダンアクトの始祖、と言われているジェームス・キャグニーの映画だったりするのでしょうが、『ヤーディ』が登場した1990年代は、映画『トレインスポッティング』を例に出すまでもなく、今までは社会の暗部として、または一般のひとが触れられない世界として描かれていたこれらの世界が、実は普通の暮らしをしているひとたちのごく身近に背中合わせとしてせりあがってきた時代です。社会現象のひとつとして日常生活の表面に現れるようになった時代----マドンナがメディアを通じて、ケータミンというドラッグを褒め讃えたことを覚えています。1990年代は奇妙な時代だったな、と思います。
 
D.の行動を追っていくときに思い出すのは、『スカーフェイス』の主人公です。D.は自身の育った環境から与えられた経験と、そこで培われた理念や信条をもとに判断し、そして行動していきますが、そこで、彼に感情移入できる人はどのくらいいるでしょうか? 彼にはジャマイカに残してきた子どもがいながらも、この小説の舞台であるロンドンにおいても多くの女性と関係を持つばかりではなく、子どもをももうけます。ですが、経済的/社会的にそのことに対して責任を持つ、ということはありません。このことはどのように正当化できるのでしょうか? そして、際限のない暴力、銃、そして、またはドラッグと、物語は健全な市民としての責任を放棄した生活を描き続けます。そして、『スカーフェイス』の主人公は、ヒップホップのアーティストたちの歌詞にずいぶんと取り入れられました。ですが、彼はいわゆる"いい人"でしょうか? 尊敬すべき人物だったでしょうか? 感情移入できたでしょうか? もし、そうだとしたら、なぜそう言えるのか?
 
このことについては、『ヤーディ』の作者であるヴィクター・ヘッドレーはかなり意識的だったようです。
 「多くの人があの本を誤解しているようです。あの本はあるひとつのレヴェルでしか読まれていません。わたしは、みんながスリラーを読みたいのかどうか?ということをまず考えねばなりませんでした。ギャングスターの話ですね。たしかに、『Yardie』はスリラーのように読めるでしょう。でも、読んだあとに、そこから自分自身に対して疑問を持ってほしいのです。たしかに道徳的な観点は物語から外してしまいました。それは本当です。黒人の読者のひとりに会ったとき、彼はわたしに向かって、『(訳註:イギリスの黒人社会に見られる)ドラッグと銃を理想化するなんて、なんでそんなことができるのか?』と質問してきたこともありました。たしかにそうも言えるわけです。しかし、そのやりとりが自分自身としても、そのことについて考えられるいい機会だったわけですね。これだけの多くの人間が誤解しているのなら、これは黒人の読者に、そして白人の読者に対しても、わたしは小説を書くことによってその問題を投げかけているようなものだ、と」(※『i-D』誌/1992年7月号より抜粋)
 
では、その問題とはなんでしょうか?
 ジャマイカ人がキングストンのゲットーを"ヤード"、そこの住人を"ヤーディ"と呼び始めたのが転じて、イギリスに渡ったジャマイカの移民たちも、自嘲的なユーモアと郷愁をこめて自分たちのことをそう呼びはじめたのが、一般に流通しているこの言葉の解釈として、その言葉をタイトルに冠したこの小説では----ヘッドレーが実際に黒人(イギリスではジャマイカ人の確率が高い)の読者から質問を受けたように----これまで、どの国の人間にもなじみがあるはずのギャングの物語の舞台をイギリスのジャマイカ移民に設定することによって、その物語はD.という個人を越え、人種的、社会的な問題を発生させます。なぜ白人のギャングの物語はすでにあるのに、黒人のギャングの物語が物議を醸すのか? そこにはグローバルな規模での複雑な政治的、社会的、歴史的な問題が透けて見えることでしょう。そしてそのとき、正義と悪は単純に分けることはできませんし、一般に、ひとはそうした話題を聞きたがらないものです。くさい話にはフタをしなければならないからです。
 
出版は3月です。見かけたら、是非読んでみてください。
  
荏開津広
(One Hand Clappin')
翻訳、新しい連載?などが始まっております。やっぱり2009年のベストDJはBoy Allergyでした。マニュエラ・コンドーも参加しているDJユニット。選曲が、とか、テクニックが、とかじゃなくて、楽しんでる感じが。こっちも楽しくなるから。

top
top
magazine

magazine

magazine

magazine

magazine

magazine

columns

GO BACK

ISLAND EXPRESS
UK REPORT
WHAT THE DEAL IS
PLAY IT LOUD
RECORDS & TAPES
RAW SINGLES
CHART
RING RINg RING
BOOM BAP
Day In Da West

columns
columns

columns
columns
columns
columns
page up!
Riddim Nation

"Riddim"がディレクションする
レゲエ番組「Riddim Nation
第19配信中!

Go RiddimNation!

nation