Reggae Must- Read Books
Text by Koya Suzuki
「ベース・カルチャー/レゲエ〜ジャマイカン・ミュージック」
ロイド ブラッドリー 著/高橋瑞穂 訳
[シンコーミュージック]
「People Funny Boy 反逆の芸術・レゲエの奇才、リー“スクラッチ”ペリー〜いかにして彼は神よりも自由になったのか?〜」
デイヴィッド・カッツ 著/森本幸代 訳
[JDメデューサ]
新しいレゲエの教科書『ベース・カルチャー』と、レゲエ・ファンのバイブル『People Funny Boy』。長年レゲエ・ファン必読の名著と言われ続けてきたこの2冊が待望の邦訳だ。
肩こりにも空腹にも気付かず読みふけってしまうような最高の本が2冊、続けて邦訳された。レゲエ好きならどちらも必読の内容。まず1冊目は『ベース・カルチャー/レゲエ〜ジャマイカン・ミュージック』(ロイド・ブラッドリー著/高橋瑞穂訳)。
これは英国人ジャーナリストが、主に80年代までのジャマイカ音楽の変遷を、旧宗主国イギリスでのレゲエの進化も併せて著した、この音楽の基礎を説く新しい教科書だ。80年代以降のダンスホール・スタイルに対しては冷淡な内容だが、この書名『低音文化』の《低音》という言葉が、西欧帝国主義によって抑圧されてきた植民地の被支配者が社会の最も低い階層から圧制者に対して浴びせる抵抗の怒号の象徴としても用いられていることは明白だから、レゲエの基礎にあるその抵抗の精神性を意識した構成である以上、本書の主要な興味の対象がルーツ・レゲエ期までになっているのは特に不自然なことではない。大勢のアーティストの証言、JA/UK両国の政治経済の流れと歴史、音楽のテクニカルな側面、音楽に染み込んでいった大衆の想いと風土風俗などを織り交ぜながら、レゲエという音楽が神秘で、大義ある混沌で、娯楽で、政治で、ロマンであることを分かりやすく教えてくれる。
と、書いたところでつい手を休め、エレファント・マンの新譜を聴きながらまた1時間ほど無意識のうちに読み込んでしまった。そして思った、本書とエリーとの間に断絶なんてないんだと。両者は繋がっている1つの文化であり、その基盤となった歴史の前半部を、本書は深く掘り下げているのだ。
2冊目は『People Funny Boy/反逆の芸術・レゲエの奇才リー “スクラッチ” ペリー〜いかにして彼は神よりも自由になったのか?〜』(デイヴィッド・カッツ著/森本幸代訳)。
読み手が思わず吹き出し、うならされ、目の皿から鱗が落ちるエピソードが、たった1人の男の半生にこんなに山ほど存在することが事件だ。リー・ペリーをレゲエの異端として扱う人がいるが、ジャマイカ時代のペリーにはボブ・マーリーをはじめレゲエ・スターの多くが次々に引きつけられて彼の才能を頼り、ジャマイカを離れると今度は世界中のアーティストが彼とコラボレイトしたがったのだから、ある意味でペリーはレゲエの一潮流のむしろ中心にいたといえる。だからこそ60年代のスタジオ・ワンから最近までのレゲエのあり方を、リー・ペリーとの関連性において眺め直してみることに意味がある。
事実、この本には普通のレゲエ通史には決して出てこないアーティストや事件について数えきれない発見があるのだ。今年72歳になる奇才の傑作バイオグラフィーは、同時に、ここでしか読めない愉快でエキサイティングなレゲエ体験でもあるわけだ。もちろん、ペリーのマジカルな録音の秘密も解明され、積年のモヤモヤもスッキリさせてくれる。
プロデューサーのジョージ・マーティンとエンジニアのジェフ・エメリックがそれぞれにビートルズの録音の秘密を明かした本がロック・ファンのバイブルとなり、フランソワ・トリュフォーがヒッチコックの映画術を仔細に訊き出した本が映画ファンのバイブルとなったのと同様の意味を持つ歴史的名著。疑いなく、これはレゲエ・ファンのバイブルである。