Wyclef Jean
Text by Takashi Futatsugi / Photo by Katsumi Omori
柔と軟を感覚的に、しかも的確に使い分け、いまやトップ・プロデューサー/アーティストの一人として誰もが認める存在となったワイクリフ・ジョン。彼の新作『カーニバルII〜ある移民の回顧録』をじっくりと聴きながら、“彼だけが持つ強み”を再確認して行こう。
“もし俺が大統領になったら…金曜に選ばれ 土曜に暗殺され 日曜に埋葬され 月曜に仕事に戻るだろう”(「President」より)
フージーズのリユニオン・ステージが実現したライヴ・ドキュメンタリー『ブロック・パーティ』の中に“彼”にまつわる印象深い場面があった。それは、オハイオからやってきたセントラル州立大のマーチング・バンドのメンバーに、控え室にいたワイクリフが「もし君(ら)が大統領だったら何をする?」と尋ね「President」の弾き語りを聴かせる、というシーン、だった。目を光らせながらワイフリフを見つめる黒人学生達に向かって、その“臨時講師”はこう続けた。「何でも白人のせいにするなよ。とにかく読書すること。図書館に行ってね。俺もハイチからこの国に来た頃はまったく英語が話せなかった。でも勉強して身につけたんだから」
ご存知の通り、彼=ワイクリフ・ジョンは移民(Refugee)であることを最大限にアピールし、エクレフティック(WyclefとEclecticを合わせた造語)の名の下に国境を越え様々な音楽文化や、その代表的なアーティスト達とリンクする、ヒップホップ界でも他に類を見ないタイプのアクティヴィストである。ボブ・ディランやケニー・ロジャース、サンタナ、U2のボノといった殿堂クラスのミュージシャン達がこぞって絶賛する彼の“音楽的才能の高さ”については最早異論を挟む余地などないだろう。ラッパー、シンガー、ギタリスト、トラックメイカー、ソングライター……それら全ての要素を併せ持つプロデューサー・アーティストの彼の“面白いトコロ”は、そうした柔軟性を持ち味としながらも、実際のところは“アクの強い”パフォーマーである、ということだ。それは彼がプローデュースなりゲスト・アーティストとして参加した諸作に触れてみればよく判る。更に言えば、そのアクの強さは“レゲエ”から学んだもの、だったりする。ジギー、ステファン、キマーニ、リタら、マーリィ一族から、イエローマン、バウンティ・キラー、ビーニ・マン、ブジュ・バントン,ウェイン・ワンダー、ベレス・ハモンド、マキシ・プリースト、そしてスライ&ロビー、と彼と共演したレゲエ・アーティストは決して少なくない。最近の例ではエレファント・マンの「Five-O」もある。そこでの彼の振る舞いや歌も(いつもながら?)レゲエ・アーティストのようだった…。
自身のレーベル“Sak Pase”からリリースしたハイチ独立200周年記念の前作から古巣である“コロンビア”に戻っての、ソロ通算6作目となる今作は、そうした音楽放浪を続けただけ“引き出し”の数を増やした“ワイクリフだけが持つ強み”が100%近く発揮されたアイデア豊富な文字通りの“大作”となっている。思えば、フージーズの人気が最高潮にあった97年に、グループからいち早くソロ・デビューした彼が、そのアルバムにつけたタイトルが『The Carnival』だった。なので、“Vol.II”と銘打たれている今作は、その10年越しの続編、と捉えられよう。しかしながら、“前者”がローリン、プラーズを含めたリフージー・オールスターズをワイクリフが指揮する形で作られたモノであったのに対し、今作はジェリー・ワンダーを始めとするサウンド・プロダクション面のみほぼ身内で固めた(これまでのアルバム通り)、という点以外は、より“開かれた”作りという印象。ラッパーやシンガーの“コラボレイター”は、ワイクリフの影響を多少なりとも受けているヒットメイカーの代表格、エイコンにウィル・アイ・アムから、サウスの旬のラッパーたち、T.I、リル・ウェイン、カミリオネアに、シャキーラ、ポール・サイモン、ノラ・ジョーンズ(ハリケーン・カトリーナの被災地救済コンピで聴けた例のコラボ曲)、メアリー・J・ブライジ、アルメニア系移民のサージ・タンキアン(System Of A Down)、シズラ他、あり得ないほど豪華で幅広く、ハイチ、ジャマイカ、トリニダッドを中心とした“カリビアン・ミュージック”をより分かり易い形で取り込んだモノ、となっている。
“レゲエ”というポイントでは、シズラが登場する「Riot」は、アイアン・メイデン(!)「No More Lies」のリフをベースに、「Trouble Again」や「Herbsman Hustling」のフレーズも飛び交う強烈なレゲエ・ロックになっていたり、シズラが参加したもう1曲の「Welcome To The East」では、黒人運動家として一般的には有名なルイス・ファラカーンのヴァイオリンをフィーチュア、またサン、エリー、トニー・マタランとの「China Wine」がボーナス・トラックとして収録されているのも見逃せない。インド(ボリウッド)風のダンス・トラックや、ラテン物(95年に射殺された歌姫セレナに捧げた曲も)も特筆すべきだが、何と言ってもクライマックスとなるクレオール語メインの「Let Me Touch Your Button〜Rouge Et Bleu〜Carnival」は“ユニバーサルなリディムの祭典”という壮大なコンセプトのもとにヘイシャンである自身のアイデンティティを照射したカーニヴァル組曲となっていて最高だ(参加しているウィル・アイ・アムの色や、ソカ・スター=マシェルとのヒット・チューンも)。
“祭り”とは言っても何も浮かれ騒ぎばかりではない。ボブ・マーリィから歌唱法だけでなく“コンシャス魂”を引き継いだ、と公言する彼らしく、シングル曲の「Sweetest Girl」のPVなどは、移民大国アメリカの抱える矛盾を付いたシリアスな内容になっていたりする…。今年、晴れてハイチの親善大使に選ばれたワイクリフだが、彼に相応しいのは第三国発“初”の(?)ミュージカル・プレジデントの称号なのかも知れない。本作にはそれを裏付けられるだけの“生きた”マニフェストが詰まっている。
"Carnival Vol.II
Memoirs Of An Immigrant"
Wyclef Jean
[Sony / SICP-1609]
"Blunted On Reality"
Fugees
[Sony / SRCS-6973] 1994
"The Score"
Fugees
[Sony / SRCS-7965] 1996
"The Carnival"
Wyclef Jean
[Sony / SRCS-8354 ] 1997
"The Ecleftic"
Wyclef Jean
[Sony / SRCS-2308 ] 2000
"Masquerade"
Wyclef Jean
[Sony / SICP-149] 2002
"The Preacher's Son"
Wyclef Jean
[J Records / BVCP-21340] 2003
"Welcome To Haiti Creole 101"
Wyclef Jean
[Victor / VICP-62963] 2004
●そもそも、なぜ『The Carnival』の続編を作ろうと思ったんですか?
Wyclef Jean(以下W):当初は続編を作るつもりはなかったんだ。でも曲を作ってるうちに世界中の音楽の影響が入り込んできて、あの時と同じ感覚だと気付いたんだよ。『The Carnival』は世界旅行に連れてってくれるアルバムで、言わば“ヒップホップ・ワールドビート”的なサウンドの原型になったわけだけど、今回も同様に世界を旅するアルバムなんだ。そしてタイトル通り、過去10年間に起きたことを回想してる。ほら、今は誰もがお互いを恐れと猜疑心をもって眺めていて、“愛はどこに行ったんだ?”と叫びたくなる状況だろ? そんな世の中を巡る様々な問題を語っていて、みんなをひとつに結ぶアルバムなのさ。オレはボブ・マーリィが歌った“One Love”ってメッセージを信じてる。日本人もハイチ人もひとつなんだ。
●ここ数年、良くも悪くも色んなことが起きましたよね。お父さんが亡くなり、フージーズ復活の試みが失敗し、片や娘が生まれ、昨年はシャキーラとのコラボ曲「ヒップス・ドント・ライ」が大ヒット。これらの経験もアルバムに反映されてるんですよね?
W:ああ。悪いことが続いて、当時のオレは何かが変わる時期に来てると感じてたんだ。でもそのうちに、必要なのは“変わる”ことじゃなくて“戻る”ことだと気付いた。初心を忘れてたんだ。“オレの役割は? なぜ音楽をやってるんだ?”ってことをね。そう冷静に考えてみたら、全て戻ってきた。オレの役割は人々に日常生活の辛さを忘れさせ、心に火を灯し、そしてポジティヴなメッセージを発信することなんだよ。それを新作で実行したのさ。特に年をとるにつれて責任感は強まるし、父親になったことで新たな目的意識も備わったと思うよ。
●それにしてもフージーズの件は残念でしたね。
W:ああ! 長い間待ったからかなり落ち込んだよ。でも問題はローリンなんだ。彼女が集中できなかったんだ。だから“もしもフージーズの最高傑作が作れないんだったらやめよう、輝かしい功績に傷をつけないようにしよう”と言ったのさ。オレたちより大きな成功を収めたヒップホップ・グループは現れていないし、ムーヴメントを興したわけだからね。ヒップホップを基点に世界をひとつに結んだ音楽だった。そういう音楽をオレは今も作り続けているつもりなんだ。これまでずっとフージーズのために面白いアイデアを貯めていたけど、結局今回のアルバムに全部使っちゃったよ。
●そんな時に「ヒップス・ドント・ライ」が21世紀最大のヒットになったわけですが、あなたが作る曲は国境や言語を越えて世界全体でヒットするケースが多いのでは?
W:オレはそういうタイプのミュージシャンなんだよ。そもそもハイチ生まれで、英語は母国語じゃなかったし(注:ハイチの共通言語はクレオール語)、最初からアメリカに対してはアウトサイダーだから、音楽を作る時もアメリカのことだけを考えてるわけじゃない。いつも世界全体を考えてるし、必然的にそういう音楽が生まれるんだと思うよ。
●新作は、ラップは1曲のみで、残りはヴォーカル曲ですが、なぜこういう選択を?
W:何枚かラップ中心のアルバムも作ったけど、3年前に「If I Was President」ってヴォーカル曲を書いた時、リアクションが違ったんだ(注:前作『Welcome To Haiti Creole 101』に収録された、米政権批判を含む曲。人気トーク番組で披露してネット上で大反響を呼んだ)。それで、人々はこういう曲をオレに求めているんだと気付いて、今の世代と接点を築けたように感じたのさ。だからソングライティングをもっと極めたいと思った。それに、ラップよりも歌のほうが聴き手に自由に解釈してもらえる。だから冒頭の曲でラップしてオレの原点の所在をちゃんと知らせて、あとは歌に徹したんだよ。
●ゲストはかつてなく多彩で、みんな人種もジャンルも異なるアーティストばかりです。
W:そりゃ“移民の回顧録”ってタイトルを見れば意図は分かるだろ?(笑) それでいてちゃんと流れがあるって点に注目してもらいたい。これまでオレは度々、アルバムが散漫だと批判されてきた。いろんなことをやり過ぎるって。じゃあ、一度一貫性のあるアルバムに挑戦しようじゃないかと思った。これまでと同じく折衷的でジャンルを渡り歩いてるけど、自分が出来ることをあれこれひけらかすんじゃなくて、焦点を定めて“これがオレだ”と言えるようにね。
●本作にはハイチに言及する曲も多いですし、最近はチャリティ活動にも力を注いであちらによく足を運んでますよね。
W:ああ。一時ギャング絡みの犯罪が急増して、ギャングと話をつけにいったのがきっかけなんだ。命がけだったけど、オレがやるべき仕事だったんだよ。自ら出向いて彼らの目を見て、“お前らは間違ってる”と言わなきゃならなかったのさ。なぜって、ハイチにはワイクリフ・ジョンみたいな存在はこれまでひとりもいなかった。だから、オレがお手本を示すことがすごく重要なんだよ。