“2004年の遅れてきたベスト・アルバム”との呼び声も高かった本作『オン・ボンド・ストリート』が遂に“日本盤”としてリリースされる運びとなった。まずはこの事実(この素晴らしい作品がより広範囲に日本で配給されること)を喜びたい。既にご存知の方も多いかと思うが、同作はオーバーヒートのBBSで長期に渡って話題になり、遂には当の本人からの申し出により、輸入盤に帯、解説(オリジナル盤に付いていた詳細な解説の完全対訳)を付け同社で扱われることになったブランニューお宝アルバム、である。
まずは、その何が多くのレゲエ・ファンの心を打ったのかを説明しておこう。本作は“On Bond Street”と銘打たれていることからも察せる通り、あの伝説のレーベル“トレジャー・アイル”の黄金のサウンドをバックトラックとして使用した、つまりは時空を越えたセッション・アルバム、なのである。33 Bond Street, Kingston, Jamaica.……その場所にアーサー“デューク”リードはリカー・ストアとスタジオを作るのだが、その2階(スタジオ)のハウス・バンドとして活躍したのが、スカタライツ出身のテナー・サックス奏者トミー・マクック率いるザ・スーパーソニックス、だった。65年のスカタラツの解散以降、スカをスローダウンさせ、よりメロディアスでソウルフルなスタイルの“ロック・ステディ”がジャマイカン・ミュージックの主流となり、サウンド・システム“トロージャン”の主でプロデューサーのアーサー“デューク”リードが築いた城=“トレジャー・アイル”はジャズの素養を持つ秀れたミュージシャン/バンドマスターのトミー・マックックを軸とするザ・スパーソニックス(レスター・スターリング、アーネスト・ラングリン、ウィンストン・ライト、グラッドストーン・アンダーソンらも名を連ねていた)を抱え、アルトン・エリスやパラゴンズ、メロディアンズ、テクニークス、フィリス・ディロン、ジャマイカンズといった魅力的な歌い手/ソングライター/ヴォーカル・グループたちと共に、ロック・ステディ全盛期の66年〜68年の間に数々のダンシング・ムードに溢れたクラシック・ナンバーを生み出している。
では、そんな現在に至るまで幾度となくリメイクされている“ロック・ステディ黄金時代”のトレジャー・アイル・サウンドを正真正銘の“ヴァージョン”としてここで使用することが可能になったのかと言うと、そのアーサー“デューク”リードやコクソン・ドッドとも親交の深かったUKのレゲエ・ディストリビューターの先人=ジョージ・プライスが設立した“ペッキングス”(現在は息子たちが運営)と手を組んだプロジェクトだから、と言っては元も子も無い? いやいや本作の“主役”であるビティ・マクリーンにはそれらの輝かしい歴史的な音源と一体になる“資格”があったのだ。
バーミンガム生まれで現在33歳の彼がこうしたジャマイカン・クラシックスを自身のライヴ・マテリアルとして取り入れるようになったのは、1970年には既に自身のサウンド・システムを出していた父親からの影響が大きい、という。デビュー曲からしてファッツ・ドミノがオリジナルとなる「It Keeps Rainin'」(93年のリリース。当時、彼の勤め先だったUB40のスタジオ=DEPインターナショナルでのレコーディング曲)というシブさ(と言っても時代は“Oh Carolina 以降”、だった)…。またジャスティン・ハインズの「Here I Stand」、ケン・パーカーの「Tru Tru Tru」等の“トレジャー・アイル”物もリメイクしている彼にとっては、この“夢の企画”は取り立てて何の言い訳も必要のないものだったに違いなく…(その歌は“ヴァージン”からのアルバム『Just To Let You Know』等で聴けるが、現在最も入手し易い作品集となると、“トロージャン/サンクチュアリ”より昨年リリースされたベスト盤『It Keeps Rainin' - The Best Of...』が挙げられる)。
“美声”と称するだけでは物足りない軽やかでコクのある歌声でロック・ステディ・マナーの歌い回しを披露する彼のヴォーカル・スタイルの源泉が、例えばアルトン・エリスやサンチェスも取り上げたデヴィット・ラフィンの「Walk Away From Love」や、テクニークスの名演でも知られるカーティス・メイフィールドの「Make It With You」、スモーキー・ロビンソンがオリジナルとなる「Crusin'」等(のカヴァー)にあることは本作を一聴すれば自ずと理解出来るだろう。そして、あのドクトクの甘さといなたさ/あったかさを誇るトレジャー・アイルの“当時の音”に何の違和感もなくオーバーダブ出来てしまう彼の繊細なニュアンス表現が細部まで行き届いたヴォーカル・プロダクションにはただただ頭が下がるのみ…。
"Inez"、"Ranglin On Bond Street"、"Indian Love Call"、"Queen Majority"、"Folk Song"、"Those Guys"、"The Moonlight Lover"、"I Shall Wear The Crown" といったお馴染みのトラックに乗せたオリジナル〜カヴァー曲に身を委ねていると、時が過ぎることさえ忘れてしまうほど(しかも上記頭3トラックはヴァージョン付)。曲によってはディーン・フレイザーらもいちいち心ニクイ。そう、ここにあるのは色褪せることで輝きを増すような本物のヴィンテージ・ミュージックに他ならない訳で。その意味でも本作はちょっと他に例がないくらい“浪漫ティック”なヴォーカル・アルバム、と言えそうだ。勿論、今から聴き始めたって少しも遅くない。
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