フージーズ活動停止以降、コンスタントに4枚のアルバムをリリースしてきたワイクリフ・ジョンが、生れ故郷のハイチの独立200周年を祝して制作した『ウェルカム・トゥ・ハイチ・クレオール101』を自身のニュー・レーベル、Sak Paseよりリリース(日本盤はビクター)。レゲエ・アーティストも多数参加した全く新しい音楽を聴かせてくれる。

 ワイクリフ・ジョンというアーティストの立ち位置は一種ドクトクなもの、だ。“アーティストでありプロデューサー”という立場こそは今でこそ珍しくも何ともないだろうが、例えば“Produced by”なり“Featuring....”というクレジットに彼の名前が入っているとして、その音源がどういったものか即座に予想することは可能だろうか。答は“否”だろう。何故ならば彼はヒップホップ・アーティストではあるが、必ずしもラップする訳ではないし、そうしたトラック(ビート)を提供する訳でもないからだ。

ヴォーカルという部分においては、彼は往々にしてボブ・マーリィ唱法で朗々と歌うことが多い(あとシング・ジェイも)。比較的最近発表された曲ではR.ケリーとのコラボレーション曲「Ghetto Religion」はもろレゲエだったし、フージーズ時代の曲ではそのボブのカヴァー「No Woman, No Cry」が有名だったりする。また彼は、ブジュ・バンタンからビーニ・マン、バウンティ・キラー、イエローマン、ステファン・マーリィ、キマーニ・マーリィ等々のレゲエ・アーティストともコラボレーションし、自分の音楽のルーツの重要なひとつが「レゲエ」であることをアピールしてきた。またステージでもよくギターを持って現れる彼は、ロック・ミュージシャンと絡むことも少なくない。ミック・ジャガーからU2のボノ、カルロス・サンタナ、トム・ジョーンズ、そしてボブ・ディラン。などという風にその足取りをたどってゆくと話しがややこしい方向に行きがちなのが彼の特長であるとも言えるだろう。いくらヒップホップが様々な音楽のミクスチャー的な要素を持っているからといっても、彼ほどコンプレックスな音楽性を抱え込んでいるアーティストは稀である。

だが彼自身のルーツがカリブ海域にあるハイチにある、ということを知っていればその受け取り方も変ってくるのではないだろうか。ハイチといえば、黒人の国としては世界で最も早くに独立を果たしたトコロである(1804年に独立。今作のアートワークにもあるトゥサン・ルヴェルチュールがその立役者)。ドミニカ共和国とその島を二分するハイチはまた、ジャマイカ、そしてその北にあるキューバに近く、そうした背景が彼の音楽性に大きな影響を与えていることは明白だろう(キューバといえば、「Guantanamera」をカヴァーしていたことを覚えている人も多いのでは)。ワイクリフ・ジョンはそのハイチで1972年に生まれている。だが彼の家族は独立政権下にあったその国に背を向け、ワイクリフが9歳の時にアメリカ、NYへと移住する(彼の父親は宣教師)。それゆえに“レフジー・キャンプ”というコンセプト(何よりも彼の音楽は“世界中を旅している”、という部分にある)、共同体をレペゼンしていた彼=ワイクリフは、母国ハイチが独立200周年を迎えた2004年にこの『Welcome To Haiti Creole 101』というアルバムを発表した。

同作がこれまでに彼がリリースしてきたソロ作と大きく異なるのは、ハイチ/クレオール文化という側面を大きくクローズアップした初めての作品である、ということ。自分の故郷がハイチにあることはそれこそフージーズのデビュー作からうたっていたし、実際「Ghetto Racine(PJ's Creole Mix)」やハイチのコンパ・バンド=T-ヴァイスをフィーチュアした「Party By The Sea」の様なストレートなヘイシャン楽曲をリリースしたこともある。しかし、アルバム一枚丸ごとハイチをレペゼンしたのは勿論今回が初めてだった。移民労働者の人権保護を訴えるNYでのベネフィット・イヴェントへの出演や自ら興したムーヴメント“Yele Haiti”(昨年同国はハリケーンで2千人もの死者を出したり、政治不安で揺れに揺れた)等、これまでにも彼は忘れてはならない自分の出自を打ち出し続けてきたが、今回のこのプロジェクトは、自身が契約するJ・レコーズとはまた別に大手メジャー・インディー“コッチ”との共同で始めたレーベル“Sak Pase”(クレオール語で“What's Up”)からのリリースとなっている。

その内容はズークやコンパ等のヘイシャン・ビートとクレオールの土着的な響きに彩られたもので、確かに彼の一連のソロ作とは一線を画しているが、ワイクリフ本人とジェリー・ワンダー(プシンの曲も2度手掛けた人物)、セディック等お馴染みの身内メンツでガッチリ固めたサウンド・プロダクションからもそれが決して気まぐれや借り物ではないことは伝わってくる筈だ。ゲストはフォクシー・ブラウン、ブジュ・バンタン、T-ヴァイス、アドミラル・T、2フェイス、メルキー等。ヒップホップは元よりレゲエやソカ等のカリブのカーニバル・ミュージック好きにこそオススメしたい“逸品”である。言葉の意味は分らないが聴いていて思わず胸がアツくなる歌とリズム……そんなタイプの音楽だ。(P.S. フージーズのリユニオン話も進んでいるとか……)




"Welcome To Haiti Creole 101"
[Victor / VICP-62963]
2004




"The Preacher's Son"
[J Records / BVCP-21340]
2003


"Masquerade"
[Sony / SICP-149]
2002


"The Ecleftic"
[Sony / SRCS-2308 ]
2000


"The Carnival"
[Sony / SRCS-8354 ]

※その他、2003年には編集盤『Greatest Hits』(Sony / SICP-471, [初回DVD付] SICP-469) もリリースされている。