「和=平和・調和…憎しみの連鎖を予感させる今の時代に音楽という人々の心に訴える手段を持って立ち向かっていきたい」という思いも込められたDJ Krushの最新作『寂 -Jaku』。欧米ツアーの合間の、束の間の時間を割いて取材に応じてくれた。

 日本にどのようにしてヒップホップが入って来たか、ということを知っている人はこの雑誌の読者の大勢ではないであろう。ポップ・カルチャーは、時代と共に咲く花のようなもので、時代の風向きが変われば、たちまち忘れられてしまうものだ。歴史は、現在から過去を振り返り、時間を取り戻そうとする努力によって作られるが、それは書き換え可能である。しかし、どんな偏見を持っていようが、DJクラッシュが日本のヒップホップの先駆者の1人であることに異論を唱えられまい。DJクラッシュが、その個性を発揮したのは、彼のクラッシュ・ポッセが解散した後、インストゥルメンタルの作品を発表し始めた時期(90年代初期から半ばにかけて)だと思われる。実際、イントゥルメンタルは彼の2004年に発表された最新アルバム『寂 - Jaku』でもかなりの部分を占めている。

 「1曲の中で、聞く側が、聞いた時に、ループだったら、ループの気持ちよさがあってもいいと思うけど、それに終わらないで、ぼんと絵が出て来たりとか、ドラマ性っていうのかな、眺めがあって、飛び立って、着陸していく、そういう絵が見える部分は俺は凄く大切だと思う。構成力と言ってもいい。そこが凄く難しい。聞く側だって、『ここで落とせばいいのに』っていう人もいるだろうし、つまり、どこを定規とすればいいのか、というところ。ラップが乗っかってないんだから。フックも当然ないんだから。(インストゥルメンタルは)土台を作って、自分で水をはって、そこで自分が好きな形で泳ぐわけ。けっこう、色々な泳ぎ方はしてみたいし、っていう感覚」

 このアルバム『寂 - Jaku』の特徴を要約すると、次のようになるだろう。まず第一に今までも彼が経験して来た生楽器との共演(彼はジャズ・バンドなどとのコラボレーションを行っていた)を更に大胆に押し進めた点、第二にそれがアルバム全体を貫く主題である“静けさー和”に沿って、和楽器が多くフィーチャーされているという点、第三にそれがサウンド・トラック的であるという点。実際、クラッシュ自身は、このアルバムの制作前に『アラキメンタリズム』という映画のサウンド・トラックを手掛けており、「その経験は今回に影響している」と自身も認めている。「絵が見える音楽が好き。自分も、作っている時にそういうことを考えているし」

 ヒップホップはその誕生から、プロダクションの方法という視点からすると、変化を遂げて来ている。サンプリングはしかし、程度の差はあるにせよ、ヒップホップという音楽の特質“ブレイク・ビーツから始まった音楽”におおいに関係があり、ヒップホップの定義に一役買っている。

 「高くもなく、低くくもなく、ちょうどその真ん中ぐらいをぬっていくような感じ、そんな絵が見えたら、そういうレコードを20枚ぐらい出して来る。サンプリングはそれがなかったら、(制作が)考えられない、というぐらい好き。ただ、今の時代、クリアランスの問題があるから、昔みたいにこっそり使えないところがあって、機材も変わって来て、今コンピューター・ベースになっちゃってるし、サンプリングCDとか、著作権フリーのものも使ったりしてるけど。サンプリングの魅力は何かって聞かれたら……勿論、自分で楽器を弾けないということろはあると思う。ドラムは僕はちょこっと出来るけど。あとは、現在ある機材の中で、好きな音がない。レコードに入っている音の質感が、自分が好きな絵の具の色に近いというか……音色は、シンセサイザーそのままのは僕はあまり好きじゃないですね。少し雲がかってないと。コレクションは、レコードが多いから、自然とそこから始めた方が早いし、そこから作り始めちゃう。パズルみたいにね」

 生楽器との共演(津軽三味線の木下伸市、尺八の森田柊山、和太鼓の内藤哲郎、ジャズ・プレイヤーの坂田明 etc.)は、「深い」から自分ではまだまだこれからだと謙遜する。そして、楽器、サンプリング、それらをひっくるめて、「色々な音、ノイズみたいなものまでが重要で、サンプリングだったら、その音自体の背景も引っ張って来るわけだから、そうした色々な音が重なった時に、見えて来る何かがある」。雲がかったと共通する言葉だ。

 『寂 - Jaku』の表の主題が“静けさ―和”であるならば、音楽的には、ジャズであるらしい。彼はジャズの影響を大いに認めている。

 「ジャズという要素は大切。今回和楽器を使ったのも、俺はジャズだと思ってる。方法とかは、絶対ジャズだと思う。セッション、瞬間的な面白さ、凄く影響を受けた」和―サウンド・トラック―サンプリング―生楽器―ジャズ、DJクラッシュの『寂 - Jaku』は彼が到達した全体性の獲得であり、彼の個性だ。DJクラッシュ自らの言い方で書くなら、こうだ。

 「音楽は俺にとっては自己表現」




"Strip Tease"
Lady Saw
[VP / VPCD-1683-2]


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