何十年間も脇役しかやった事がなかった役者が突然主役に大抜擢。彼にとっては青天の霹靂かもしれないが、世の中そんな事が起こるから面白いのだ。サイドマンからメインマンへ。『The Main Man』は永遠に脇役を演じる予定だったベーシスト、松永孝義が堂々と主役を張った大傑作だ。


 10代の頃から“ベース”にとりつかれ、その切っ掛けとなった音楽的な背景であるジャズ、音大でのクラシック、そしてタンゴやレゲエなどの音楽的素養を糧に、あくなき探究心でもって様々なセッション〜レコーディングに参加してきた松永孝義 。そして、ジャパニーズ・ダブ・バンドのオリジネーターである、かのMute Beatのベーシストとしても、レゲエを超えていくような “深い”プレイで、その類い稀なる音楽性を支えてきたことは周知の事実ですが、現在では桜井芳樹率いるロンサム・ストリングスなどでも活動しています。  
 そうした30年に及ぶキャリアを経て、自然と彼自身の名義による“ファースト・アルバム”への契機が訪れたようで、タイトルの『The Main Man』というのは、逆説的な意味でもあるらしく、寧ろ彼の存在を媒体として、素晴らしいミュージシャン達が集い、幸福なセッションが実現したような様相であります。そのつわもの達というのは、田村玄一(G, Steel Pan, etc.)、桜井芳樹(G, Mandlin)、岡地曙裕(Percussion)、エマーソン北村(Key)、矢口博康(Sax, Clarinet)、増井朗人(Trombone)、カルメン・マキ…と全て挙げれませんが、なんと総勢11名!

 けれど、これは彼がいなければ始まらないわけでして。楽曲のほとんどがカヴァー曲、松永孝義のヴィジョンを元に、解釈や表現を参加ミュージシャンに委ねるやり方ということで、それゆえの音楽家同士の信頼や敬意にみちたプレイというのは、とても心地よいヴァイブレーションに満ち満ちているのです。

 音楽的には実に幅広く、ジャジーなファンク、マッシヴでロックするルーツ・レゲエ、たゆたうハワイアン、軽やかに疾走するアフリカンからアルゼンチン・タンゴ…でもジャンルでいうにはちょっと説明しにくい、松永孝義のベースに導かれていくように、なにやら融合的なグルーヴが生まれているのです。それにしても音の説得力というものが、やっぱり凄くて、そうしたプレイヤー達の力量が、さりげなくも遺憾なく発揮されております。そういうのって、なんだかとても贅沢ですよね。

 で、やっぱりタフでストロングなレゲエの、“あの感じ”は根底に流れているように私には思えます。ラストに収録された、アルゼンチン・タンゴの名曲「La Cumparsita」での松永孝義の圧倒的なソロ、その深くて静かな表現力にも、そう感じ入りました。

 そうしていると、ふと、あの最近CD化にもなったレゲエ・トロンボーニスト、Ricoの、素晴らしいミュージシャン達が参加した芳醇なインスト・レゲエ・アルバムの名作『マン・フロム・ワレイカ』を思い出すんです。それは幸福なヴァイブが共鳴している音楽ということで。

 ともあれ私としては、こうした音楽に出会った時には、ただ聴いていたい、そのただ中に身を浴していたいというのが、正直なところであります。





"『The Main Man』
松永孝義
[Rum Town / Overheat / OVE-0091]
※試聴できます