ジャマイカの公用語は英語だが、大多数のジャマイカ人は、パトワとよばれるジャマイカ特有の訛り言葉を話している。

 初めてジャマイカを訪れたとき、パトワの存在は本当に不可解だった。知り合ったジャマイカ人は、私に対しては英語を話してくれるのに、ジャマイカ人同士で話すときは私にはまったく理解不可能な言葉でしゃべり、顔つきまで変わるのである。人柄まで変わって見えるほど。しかも、その理解不可能な言葉を話すときの彼らの方が、私と英語で話すときよりも、うんと生き生きしているのだもの。
 その理解不可能な言葉がパトワだと知ったのは、ジャマイカの土地鑑ができた頃だったから、私のパトワ習得はかなり遅かった。パトワは自分が話す言葉ではないと、どこかであきらめていたんだと思う。

 よほどのレゲエ好きの方でもない限り、パトワは私たち外国人が入っていきにくい言葉だと思う。「ジャマイカは英語」と頭にインプットされていたらよけいに。パトワをある程度理解するまでは、ジャマイカに溶け込もうとすればするほど、疎外感を味わうかもしれない。
 実際にパトワは、外国人にわからないことを目的として作られた言葉だともいえるから、外国人には難解なはずである。英語が母国語の人たちでも、わからないという。かえって、きれいな英語を話す人の方が、パトワに入っていきにくいかもしれない。そう、英語を話せない人、チャンスです(笑)。


 1838年に奴隷が開放されるまでの、200年以上ものあいだ、ジャマイカでは奴隷制度が盛んだった。西アフリカからイボ族、ヨルバ族、アシャンティ族、ファンティ族などがジャマイカに送り込まれ、砂糖きび畑などの労働力として使われていた。アフリカから来た彼らは、英国人の口真似で英語を覚えていったのだが、同時に、彼らだけにわかる言葉も、大切にしていったそうである。ご主人である英国人にわからないように使っていた言葉と、ご主人の口真似で覚えた英語が混ざったもの、それが今のパトワの元となるわけ。さらにこのカリブの国々は、スペイン語、フランス語、オランダ語など多言語が使われており、そういった外国語の影響も強いといわれる。

 現在のジャマイカは、人口が約260万人で、90%以上が混血を含むアフリカ系黒人、10%未満が中国人、インド人、ヨーロッパ人、ユダヤ人、シリア人、など。公用語は英語なので、テレビやラジオからは、きれいな英語が聞こえてくる。もちろん人にもよるが、一般には米国調でもなく英国調でもない、中学生のときに教科書で習ったような、単語をひとつひとつしっかりと発音する英語である。面白いのが、スペルは英国式なのに、発音は米国式であること。たとえば、theaterやcenterは、theatre、centreと書き、reで終わる。honorはhonour、favoriteはfavouriteと英国式で書く。発音は、vitaminはビタミン(英国)ではなくバイタミンと米国式で、スペル以外はスラングなど、米国の影響が強いようだ。


 「ヤーマン」は英語にすると「Yes, man」、肯定の返事として使われる。これは、ご主人に返事をするときに、「Yes, sir」などと、(口だけは)敬意を表して答えてきた歴史の名残りであるらしい。アフリカ系アメリカ人が、「○○、マーン」などと使うことが多いのも、同じ由来なのでしょう。

 「ヤーマン」の反対は「ノーマン」、否定です。ジャマイカでは、しっかり自分の意思を伝えて、いらないものは断る姿勢も大切です。
「ヤーマン」は、簡単な挨拶言葉にもなります。「ハーイ」もいいけど「ヤーマン」もね。

 目と目が合ったら「ヤーマン」。ヤーマンは、ジャマイカ人とコミュニケーションをとる意思を友好的に伝えられる、とても便利でフレンドリーな言葉。最初は照れるかもしれないけど、ポジティヴな単語なので、元気よく使いましょう。弱々しくヤーマンじゃ、意味がありません。「やったぜ」や、「レッツ・ゴー」の意味で使うときもあるので、乱発しても大丈夫。返事にヤーマン、挨拶にヤーマン、ポジティヴにヤーマン。この短い「ヤーマン」を私たち外国人が使うことによって、ジャマイカ人にも、「私は英語を上手く話せないけれど、ジャマイカが好きで、ジャマイカ人とふれあいたい」と、暗に友好光線を発信できるのだ。まずはヤーマンで、ジャマイカ人の中に入っていく。これがパトワに慣れる第一歩。そしてジャマイカをエンジョイする、大きな一歩となるはずだ。

 結局パトワとはなんぞや。パトワは、ジャマイカ人が話す方言で、多くのジャマイカ人の故郷であるアフリカの色を残す英語、つまりアフリカ訛りの英語であり、簡単にいえば「アフリカン・イングリッシュ」なのだ。語学学者によれば、実際パトワには、西アフリカの言葉が起源となる単語が多くみられるという。パトワは、ブロークン・イングリッシュ(片言まじりの、よくない英語)か。いや、パトワにはパトワなりの文法がある。発音の決まりもある。 ただし、口語なので、パトワを書く習慣がないために、決まったパトワのスペルはない。私はよくジャマイカ人に、「パトワを書いて!」とせがんで困らせたものである。

 ジャマイカは、公用語は英語だし、キリスト教の国で、車は左側通行右ハンドル、英国の影響はもちろん大きい。1962年に独立した現在も、英国連邦の一国である。が、レゲエをはじめとする音楽、ダンス、宗教、食べ物、伝説、格言、思想、習慣など、アフリカ文化が強く残っていることが、このジャマイカの魅力である。ジャマイカは、このパトワ抜きでは語れない。Yah Man




Reiko NAGASE SMITH
(協力/アイランドツアー:
http://www.nabra.co.jp/island/


「Ricoのジャマイカ、Art Life」http://www.ricoart.com

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