前作でロックにアプローチしたスノーが久々に原点に立ち返り、プロデューサーにビーニ・マン、シャギーといったワールドワイドで活躍するアーティストの作品を手掛けているトニー・ケリーとデイヴ・ケリーを招きダンスホール・アルバム『Two Hands Clapping』をリリース。さっそくカナダにいる彼に電話インタビューを試みた。


 「片手だけだったら手は叩けないだろ。だから、両手を叩いて(『Two Hands Crapping』)というタイトルにしたんだ」。何だか禅問答のような説明だが、この発言をした当人は自分の成し遂げてきたこと、現在、そしてこれからの方向性についてクリアーに見えているのである。その人はスノー。通算5枚目のアルバムを引っ提げて、カナダ人で白人でパトワがうまい“変わり者”が帰ってきた。シングル「Informer」で注目を浴びたのが1992〜93年だから、すでに10年選手となる。90年代はダンスホール・レゲエがアメリカの音楽業界に馴染むかどうかの試行錯誤が続いた10年だったわけだが、スノーはその流れの中で確実に実績を積んできた。「俺にとっても90年代はいい10年間だったよ。キャリアの面ではヒットに恵まれて日本にも3、4回行けたし、ちょうどその真ん中くらいでタバコもお酒もきっぱり止めて健康面でもよくなったしね」。

その“お酒”はたしなむ程度ではなく、「刑務所に行くほどのトラブルを起こす原因だった」そうだから、更正したわけである。アイルランド系とジャマイカ系が多く住む地域のプロジェクト(低所得者用公団住宅)で育ち、10代を筋金入りの“不良”と“レゲエ・ファン”として過ごす。「Informer」のヒットを知ったのは刑務所の中だったというから、なかなか激しい生い立ちではある。しかし、その後“レゲエ・ファン”の側面が“不良”の面を駆逐し、ファンからレゲエ・アーティストに変貌して現在に至る。02年、クリスマスを二日後に控えた寒い朝に、このインタヴューのために自らトロントからニューヨークに電話をかけてくれた。電話口での話しぶりは、落ち着いていて聡明で、例えば筆者が何度か遭遇した“ワルを売り物にするワルっぽい喋り方をするラッパー達”とは全く違って、驚いた。

 新作の全体を彩るのは前向きな言葉とポップ寄りの聴きやすいトラック。インタールードにはアコースティック・ギターの弾き語りすらある。「レゲエは一番好きな、一番すばらしい音楽だ。でも、ロックやほかの音楽も聴いて育っているから、いろいろな要素が自然に入ってくるよね」。自分をレゲエ・アーティストだと思うか、と訊ねたら、「いや、ただのアーティストだろうね」と答えた。5作目に参加しているプロデューサーは、デイヴ&トニーのケリー兄弟(持ち味も活動の仕方も全く違う二人なので、兄弟だからといってまとめて書くのも何なのだが)、ニューヨークを拠点とするダニー・Pのほか、R&B畑からはアトランタをベースにしているトリッキー&レイニー・スチュワート(ここも兄弟。こちらは一緒に組むことが多い)など。ヴェテランらしく、クリエイティヴ・コントロールをしっかり握り、自分の思うまま伸び伸び音楽を作っている印象を受ける。「みんな俺をどう扱っていいか分からなかったから、最初から好きなようにやってきたけどね」と本人。

 90年代にメジャーなレコード会社から続けてアルバムを発表できたレゲエ・アーティスト(本人が何と言おうが、筆者にとってスノーはレゲエ人だ)は彼とシャギーくらいしかいない。カナダ人で白人、という特殊な立ち位置も関係あるだろうが、「ジュニア・リードやココ・ティーに会えたのが、デビュー以来嬉しかったこと」と話すスノーのオールド・スクールな節回しと天性のポップなセンスがあいまった音楽性が幅広く受け入れられた理由のように思う。それから、シンプルにDJがうまいこと。96年のスマッシュ・ヒット、「Anything For You」のリミックスにはブジュ・バンタンやビーニ・マン、ナディーン・サザーランドといったジャマイカの第一線級アーティストが参加したことが、スノーが本場ジャマイカでも受け入れられていることを示している。「あのレコーディングにはみんなちゃんと時間通りに来たんだよ。ブジュやビーニといったスターがいたから、ちょっと緊張したよね」と振り返る。非黒人、非ジャメーカンという意味では日本のレゲエ人と同じスタンスにいる。「肌の色は関係ないよ。関係あっちゃいけないんだ。もちろん、(ジャマイカとの)距離や違いがまったくないといったら嘘になるけれど、その音楽を一生懸命好きで、それが伝わるようにやってたら、ちゃんとみんな分かってくれるもんなんだ」。

 近年、元トライブ・コールド・クエストのQ・ティップが主演した『Prison Song』というテレビ映画で、刑務所の守衛の役にも挑戦した。「よく知っている仕事だから、演じるのは全く問題なかったね」と、笑っていいのか一瞬迷う冗談を飛ばす。俳優業に興味があるか、との質問に「俺の人生を映画にしたら面白いとは思うよ」。確かに。『Two Hands Crapping』には、調子がいい時は寄ってきてトラブルに巻き込まれた途端に背中を向ける人々の歌もあるが、15年間連れ添っているガール・フレンドに宛てたラヴ・ソングや7才の愛娘が声を聴かせるインタールードもある。

 スノーの人生を映画にしたら、ハッピー・エンドになるだろう。それがよく分かるアルバムだ。


"Two Hands Clapping" [Toshiba EMI / VJCP-68455]