ドレッド・ロックスをうずたかく包み込んだヘアー・スタイルが目印のシズラは、精力的という言葉で収まりがつかないほどの多作ぶりでも目立っている。1年間で2〜3枚ペース、同時期に別レーベルから出すのもアリ。ほかジャンルに比べると、レゲエはもともとアルバム間のインターバルが短い音楽ではあるが、昨今、人気アーティストはある程度時間を空ける傾向が強まっている中では珍しい動きだ。つまりそれは、シズラにそのペースでリリース出来てしまうだけの創造力と、売れる自信の持ち主である、ということでもあり。

 ここで少し時間を巻き戻したい。筆者がシズラを初めて観たのは97年の頭。当時、当たりに当たっていたルシアーノのオープニング・アクトとしてブルックリンでパフォーマンスした時の話だ。「これから“来そうな”奴」としてすでに名前はインプットしていたし、テクニックより声の強さで押し出すスタイルが耳に引っかかったものの、正直、現在のようなカリスマ・スターに化けるとは思っていなかった。その直後、シズラは『Praise Ya Jah』と『Black Woman and Child』というビッグ・アルバムを立て続けにリリース、瞬く間にトップ・アーティストの仲間入りをした。この2枚のアルバムはよく聴いたが、黒人の自由と権利を謳うあまりに反白人主義をしばしば公言していた、この戦闘派ラスタの大ファンを自認するには至らなかった(よく比べられていたアンソニー・Bが大好き、というのもある)。キングストンのスタジオで偶然居合わせた時も、特に感じはよくなかったし、何でも大のインタヴュー嫌いだそうで、本稿を書くにあたり、VPレコーズの広報担当者ミッシェル・リンに申し入れた時点で「まず、ムリでしょうね」と即答されたくらい。つまり、あまり思い入れるだけの隙がないアーティストだったのだ。

 しかし、しかし。昨年に出た『Da Real Thing』に完全にノックアウトされた。同時期にリリースされたエクスタミネーター制作の『Ghetto Revolution』も悪くはないのだが、こちらはトーンを抑えた渋めのトラックが大半を占めるため、ダンスホール・レゲエ上級者向けの仕上がり。一方、デジタルB主導の『Da Real Thing』は全体に華やかで、シズラ特有の張りのある歌声と、ダミ声、もしくはガナリ声に近いシング・ジェイがうまく配されて聴きやすい。どちらのアルバムにも共通しているのは、確固とした地位を築いた余裕がそこここに感じられること。聴いていて、とても気持ちいいのだ。吹っ切れている、というか。ボビー・デジタルとシズラは『Black Woman and Child』を一緒に作った仲であり、相性の良さは抜群ながら、98年の『Good Ways』以来一緒に組んでいなかった。『Da Real Thing』はラスタ賛歌もあるが、母親を始めとした女性を真摯に称えるリリックも多い。「Woman I Need You」や「She's Loving」は、恋愛に対して不器用そうな、だからこそ愛情の発露がよく伝わってくるラヴ・ソングだ。怒りにしろ愛情にしろ、本当の感情を生々しく曲にできるところがシズラの素晴らしさでもあり、時に聴いていてしんどくなる理由でもあるように思う。

 ファースト・シングルは「Thank U Mama」。「9カ月間、お腹で育んでくれてありがとう、痛みや辛さを堪えてくれてありがとう」という素直なリリックが聞ける、温かな曲だ。プロモーション・ヴィデオもしっかり作られた。撮影に同行したミッシェルによれば、シズラが育ったキングストンのオーガスト・タウンで撮影され、母親も出演したとのこと。8月の町、という詩的な名とは裏腹に、オーガスト・タウンは「よそ者は入るな」と言われるゲットーである。「でも、シズラと一緒だったから、みんなヴィデオ撮影に協力的だった。シズラ自身も難しい人だと聞かされていたけれど、ヴィデオはラスタとしての信条を伝えるためにもいいツールだと思ったみたいで、乗り気で取り組んでくれた」とミッシェル。このヴィデオは、アメリカでは1月末から放映される予定だ。妻と子供二人を持つシズラは、現在何とユニヴァーシティ・オブ・テクノロジーで建築を学んでいる大学生でもある。デビュー以来、ベスト盤やカップリング盤を含めるとすでに16枚以上のアルバムをリリースしている彼の時間の管理法をぜひ知りたいところだが、その質問はねばり強くインタヴューを試みて成功した暁に取って置くとして、しばらくはシズラの歌声に心酔していよう。



"Da Real Thing" [Digital-B/VP/ VPCD-1649]