10年もの長い間、ジャマイカのダンスホール・シーンでトップの一人として君臨し続ける偉大なるDJ、ビーニ・マンが『トロピカル・ストーム』をリリース。シャギーに続き世界中でブレイクする気配さえ感じる本作、ビーニの世界進出計画第二章の始まりだ。

 ビーニ・マンの『Tropical Storm』はメジャー・ディールの第2作目にして、世界進出計画第2章だ。レゲエ・ファンにしてみれば、ここ10年強常にダンスホール・レゲエ界のトップの一角に君臨、それも一番競争の激しいDJ部門で生き抜いてきたヴェテランではある。逆に言えば、レゲエ・ファンにとって、ビーニはバウンティー・キラー、ブジュ・バンタン、ケイプルトン、ショーン・ポールらと肩を並べる「トップDJのひとり」だろう。しかし。これを「メジャー」とか「インターナショナル」といったファクターにかけて見渡すと、ポップに近い作品でバカ売れしたシャギーを別にすれば、ビーニはたった一人“ジャマイカ直送本場仕込みダンスホールDJ”の看板を背負って、ヒップホップ/R&Bフィールドで踏ん張っているのだ。ほかのDJががんばっていない、と言っているワケではない。ただ、アメリカで認知されるための必須条件;プロモーション・ヴィデオ(以下、PV)をMTVやBETで流し、ラジオで最新の曲をかけられる政治力を現在持っているのがビーニだけなのである。前作、『Art And Life』は全世界でゴールド=50万枚売れ、その年のグラミー賞に輝いた。「ナナナー」「ザガザガ、ザー」といったお茶目な奇声に騙されちゃいけない。今年29才のデイヴィス・モーゼス、もといドクター、もといビーニ・マンの視線はすでにネクスト・レヴェルに向けられ、「目標はプラチナム(100万枚)」と公言して憚らない。ジャマイカ島内では“War”とまで噂されたバウンティーとの“口ゲンカ”も「個人的になり過ぎているし、確かに俺は奴に腹を立てているけれど、相手をしている時間もない」と一蹴する(まぁ、バウンティーも似たようなことを言っていたが)。
 で、第2章の概略はこうだ。まず、第一手が強烈。ファースト・シングル、「Feel It Boy」はアメリカ最新サウンドのトレンド・セッター=ネプチューンズがプロデュース、そして女王、ジャネット・ジャクスンをフィーチャーしているのだ。ビーニとジャネットがビーチで戯れるPVを目にした時、「いやぁ、ダンスホールもここまで来たか」と感慨深いものがこみ上げたファンも多いはず。ネプチューンズとは6年来の知り合いだそう。今でこそ、ネリーやブリトニー・スピアーズ、ビヨンセといったスター達のシングルを次から次へと手がけている彼らだが、旧友のビーニに対して手を抜くはずもなく、一緒にスタジオに入って3曲を仕上げた。ほかに重鎮スライ&ロビー、やはりここ10年でトップ・プロデューサーに勝ち上がったトニー・ケリーとデイヴ・ケリー兄弟らのジャマイカ勢、このほかUKガラージのソー・ソリッド・クルーから二人、ノルウェーの気鋭プロデューサー、スターゲートまで多彩なトラックメーカー達と組んだ。また、二人のナスティー・クィーン、リル・キムとレディー・ソウ、ショーン・ポール、仲間のタント・メトロ&ディヴォンテと客演リストも注意深く選んでいる。プロデューサーと共演者のリストを反映し、全体がカラフルに仕上がっている。『Tropical Storm』はダンサブルなパーティー・アルバムだ。「世界進出計画」などとカタイ書き方をしてしまったが、ビーニ・マンのやり方はいつでも陽気で刺激的なのだ。
 もう一つ、彼が選んだ大胆な戦略は、R&B寄りのトラックを積極的に使ったうえ、シング・ジェイというよりほとんどフックを歌っていること。DJだと侮ってはいけない。ビーニは歌えるのである。今までも、ライヴの余興としてダイアナ・ロスの歌真似やオペラを歌っていたのが、今回はオフィシャル、堂々と歌を吹き込んだだけの話。「ボブ・マーリーと同じように、インターナショナルに展開するには分かりやすくないといけない。だから、DJより歌の方が分かりやすいと思った箇所はそうしたんだ」。R&B寄りのジャマイカ音楽と言えば、60年代のロック・ステディーが頭に浮かぶ。本人に「では、あなたがやっているのは2002年版ロック・ステディーなのか」と訊ねたら、とても嬉しそうに笑っていた。R&Bを取り入れるのは昔からジャマイカにあるやり方なのだから、セル・アウトなどではない。ビーニは媚びを売るような玉ではないのだ。ジャマイカでヒップホップのヒット曲をそのままパクった曲が売れる現象に辟易している、何のクリエイティビティーもないから、とはっきり言う男である。稼いだ金で生まれ育ったゲットーにスポーツ施設を建設する骨太なところもある。次の目標としてショッキング・ヴァイブス・クルーのタント・メトロ&デヴォンテにメジャー・ディールを結ばせることを掲げる。ヒップホップやR&Bのヒット曲とダンスホール・レゲエの相性の良さは、クラブのフロアーですでに証明済み。それを、無視してきたアメリカのメインストリームに文句を言う代わりにすっと入り込んで明るく歌って見せる。ビーニの世界進出計画第2章の成功は、ダンスホール・レゲエの真の“メジャー化”の切り込み隊長としての役割を果たすことも意味している。応援しなくちゃ。