ジャマイカに「ヘドニズム」というホテルがある。ユダヤ系ジャマイカ人が経営するホテル・チェーン「スーパー・クラブ」の傘下で、オールイン・クルーシブ(空港送迎・飲食・ウオーター・スポーツなどのアトラクションが、全て料金に含まれている)システムをとる高級ホテルだ。大人だけが泊まれるこのホテルのウリはコスプレ、リゾート版インピースキンピーとでも言おうか。怪しげなイベントが日夜、行われているのである。

 トーガナイトは当ホテルの有名なアトラクションで、宿泊客が各部屋のベッドのシーツを古代ギリシャのトーガ風に身体に巻きつけた格好で集う仮装パーティだ。ジャマイカ人には未知の世界であるばかりか、不可解な異文化にすぎない。ラナウエイベイにある「ヘドニズムIII」で、2月14日バレンタインデーの日に、アメリカ人観光客のマス・ウエディング(合同結婚式)が行われた。楽園ジャマイカで、世界最大ヌード合同結婚式に参加して、ギネスブックの記録を更新しよう!という米国旅行会社の宣伝に欧米人のカップルが10組集まり、「楽園」ジャマイカを舞台に生まれたままの姿で愛を誓い合った。

 この企画が発表されて以来、新聞やラジオは連日ジャマイカ市民からの反対意見で賑わい、反対運動が過熱して街の一大トピックとなった。リゾート地には、ホテルのプライベートなヌーディストビーチがある。しかしジャマイカ人にその手の趣味はない。パブリックビーチで、シャワーキャップにTシャツ姿で海に入るお姉さんを見かけることがある。髪形に命をかける彼女達は、髪が濡れるのを嫌ってシャワーキャップを被り、水着では気恥ずかしいからTシャツを着込んでしまうのだ。確かにね、同じお姉さんが下町で頭にカーラーを巻いて、ブラジャーとスパッツだけで歩いていたりするけどさ。

 ジャマイカ人男性は、ここぞという時には長袖長ズボンでキメる。これがジャマイカ男の粋なのさ。短パン姿は観光客だけ、ジャマイカ人にとっては美意識の外にある。本来ジャマイカ人には暑さを凌ぐ涼しげな素材より、合皮やコーデュロイなどハードな素材が好まれる。この暑いのに毛皮(フェイクファー)を車のシートに貼ったタクシーを見かけるほどだ。常夏ジャマイカでは裸で過ごしても凍死することはないだろうが、だからといって「トロピカル=パラダイス=脱いで裸になる」という図式は短絡すぎる。太陽の下で脱ぐのは外国人だけ、日陰にいるのはジャマイカ人と相場が決まっている。だって木陰の方が断然気持ちいいんだもーん。これからジャマイカも暑くなっていくけれど、太陽が照りつける暑い日よりも、過ごしやすい曇り空の日を「いい日だ」とありがたがる。

 この世界最大のヌード合同結婚式を真っ先に反対したのはキリスト教教会だった。教会がこの国で持つ権限は大きく、政府は常に教会に一目置いている。「ジャマイカにもカジノを!」とホテル業者が案を出すと教会が反対し、「刑務所にコンドームを!」という案も教会の反対により却下された。教会のおかげでジャマイカは性産業に関しては後進国だ。風俗といえばゴーゴーバーくらいで、テレビだって裸はおろか性的なシーンは殆ど放映されず、バッドワードは常に消される。DJが煙草をくわえた写真でさえ「教育に悪い」と指摘された。

 数年前に米国の人気シンガー、R・ケリーがジャマイカのステージでウケを狙ってお尻を見せたことがあったが、他国のジョークはジョークではない。ジャマイカ人は、きれい好きでけじめのある人達だと私は思う。例えば台所の流しで歯を磨いたり、トイレの洗面所でオレンジを洗ったりするようなことはない。洗濯機がなく手洗いが多いからか、下着と上着を必ず別々に洗う。道端で座り込む人もいないし、人前で化粧直しはしない。そしてTPOがはっきりしている。服装にもパトワにもダンスホールにも、全てのことにTPOがあり皆それをきちんと守っている。アップタウンのアパートでは、ダンスのテープを大音響で聴けなかったりするもの。

 さて合同結婚式当日は朝から、ニューヨークのジャマイカ政府観光局オフィス前と、キングストンにあるスーパークラブのオフィス前、そしてヘドニズムIII前の三箇所で、挙式に反対するデモが行われた。デモンストレーションの中心となったのは、ヌードで結婚式を行うのは違法であると主張する、プロテスタント教会の牧師のグループだ。ジャマイカでは、公共の場所でヌードになる行為は違法であり、ホテルの敷地内は立派な公共の場所である。そして結婚式とは婚姻を公表する場所であり、プライベートなセレモニーではありえない、というのが彼らの意見だ。もっともだ。

 この国での結婚とは、神様の前で誓うこと、日本と違って役所に届ければ認められるというものではない。婚姻届を発行する資格をもつ牧師と、二人の証人の前で、「死がふたりを分かつまで」と神様に誓い合って婚姻が認められる。通常教会で行われるが、本来場所はホテルや家の庭などどこでもよい。ジャマイカ人にとって結婚とは、とてもシリアスで神聖なもの。何年も続いた二人の仲を祝福するように、子供が育って、自分達も成熟した大人になってから結婚するカップルが多いのは、そういった意識の表れでもあると思う。

 必死の反対運動にもかかわらず、合同結婚式は決行された。花婿は帽子と蝶タイ、花嫁は蘭の花のブーケにティアラ、ガーターベルトとそれぞれ小物とボディペイント、オンリー。今回は、教会の惨敗に終わった。ホテルの前で反対を叫ぶ女性のプラカードには「ジャマイカは海・青い空・白い砂だけではない」と書かれてあった。ジャマイカのイメージ、太陽・自由・海・レゲエ・ガンジャ・セックス…これらは時に、ジャマイカ人にとって有りがたくないイメージを生んでしまうことがあるようだ。その間違ったイメージが定着してしまうのは、もっと困る。外国人がイメージするジャマイカとジャマイカ人は、ズレていることが多い。レゲエは、青い海・青い空の下で陽気に踊りながら聴く音楽ではないし、ジャマイカ人は暑いからといって裸になる人達ではない。コーヒーもマイヤーズラムも飲まない。水道水が飲める。
 
Who Sey World Is Level?
 先進国の傲慢さを見せつけられたような出来事だった。IWA!