[ 1990-2000 ]


Determinations

  80年代にミュート・ビート、スカ・フレイムス等が提示したものは、様々にベクトルを変えながらも確実に90年代に生まれたアーティストに引き継がれている。更に面白くなってきた90年から現在迄のジャパニーズ・レゲエ・シーンとは?


 テーマは「90年代のジャパニーズ・レゲエ」だが、ここではそれを〈音響クリエイティヴ/心象クリエイティヴの時代〉という見方を優先し、振り返ってみたい。
 というのは、テーマを与えられてからというもの、ボクの中ではこだま和文のEcho、リトル・テンポのヤン富田の先見も明かすスティール・パン、また、井出靖が『ロンサム・エコー』なら、フィッシュマンズは『空中キャンプ』、さらに七尾茂大はオーディオ・アクティヴとドライ&ヘビーを掛け持ちで思い巡らすことがそのようにも多々あったからのこと。浮かんでは消える音像はダブであり、このダブ試行の連続性にこそ今現在の収穫もあるのが90年代と、その残響を今あらためて思うところでもあるからなのだ。

 アリワのマッド・プロフェッサーによる『A Cribbean Taste Of Tech-nology』やヤン富田の90年代前半のAstro Age Orchestra録音を通してのスティール・パンの音色に洗浄感をあじわいながらも、そこから今日のリトル・テンポのようなバンドの在り方を予知できたかというと、答えはノー。同じように、ON-Uのダブ・シンジケートやアフリカン・ヘッドチャージにハマっている時、それからオーディオ・アクティヴのエイドリアン・シャーウッドも巻き込んでの海外での快進撃がイメージできたかというと、こちらも残念ながらノーというのがボクの場合。

 そんな中、瑞々しくナイーヴなレゲエ・ポップ・バンドのフィッシュマンズ(デビュー盤はこだま和文のプロデュース。96年作『空中キャンプ』のジャケのように、宙に浮いたまま戻らなくなった佐藤伸治の訃報を聞いた時には彼の「エヴリデイ・エヴリナイト」がやけに切なく響いた)が注目を集めたり、80年代後半には元ミュート・ビートの屋敷豪太、高木完らとメジャー・フォース・レーベルを立ち上げ、すでに気鋭のクリエイターの道を歩んでいた藤原ヒロシ(74年にボブ・マーリーの「アイ・ショット・ザ・シェリフ」を全米1位に輝かせたエリック・クラプトンが今は彼とK1、ファッション、音楽を通しての親密な間柄というのもミョーな話)がレゲエ/ダブの領域でもセンスを発揮し、同じく注目のクリエイター/プロデューサーだった井出靖も95年作『ロンサム・エコー』(今だったらアリゾナのキャレキシコにも先駆けたオーディオ・モンタージュと言えるよう)で〈音響/心象クリエイティヴ〉の典型を聴かせるなど。

 現在はリトル・テンポの土生剛やビッグ・バード・セイジも関わったサイレント・ポエツを含め、レゲエ/ダブ回路の表現に刺激もあった90年代半ば迄の様子は今そのようにも思い出されるところか。


Little Tempo

 で、渡英した屋敷豪太のシンプリー・レッドでのポジション確保(シンガーのミック・ハックネルは70年代ダブ名盤をリイシューするブラッド&ファイヤー・レーベルを立ち上げ、そこからのリフレクションも大きかった!)も話題となる頃には、ミュート・ビート再評価への気運も高まり、96年にはこだま和文がロンドンに出向いてのアルバム『Some-thing』(シュガー・マイノットのユース・プロモーションの心も感じさせる暖か盤)と日本での再会ライヴが話題となる他、キーボードの朝本浩文は自らラム・ジャム・ワールドの主宰者となって、それからのUAも手がける売れっ子プロデューサー業へと乗り出す。

 ついでに触れておくと、トロンボーンの増井朗人は後にスカ・パンクのケムリ(現在は脱退)で活躍し、ベースの松永孝義はセッション活動(彼も参加したHaloのデビュー盤『Blue』が今出たばかりで、とてもいい!)を継続するなど、Kodama & Gotaのリユニオンをきっかけとしてのミュート・ビートの元メンバーへの眼差しはダブ・エンジニアの草分けである宮崎″DMX″泉にも向けられ、それは後のこだま、リトル・テンポ、ドライ&ヘビーを手がける内田直之、またフィッシュマンズも手掛けたZAKなどの、こうした卓アーティストへのさらなる注目にも繋がっていく。

 そう、それからはビートからテンポのリトル・テンポ、ドラムとベースのドライ&ヘビーという、名は体を表すような2組の出現を待って、幹がミュート・ビートの日本のダブはリトル・テンポで枝葉が広がり、ドライ&ヘビーでさらに根が張るようにして、ダブ新局面の90年代後半を迎えたことになるかと思う。スティールパンの土生剛、ギターの佐々木育真、ベースのビッグ・バードの3名が中心となって、〈心象/音響クリエイティヴ〉のスペースを印象は軽やか、実は濃密と広げていく彼らの99年作『ロン・リディム』は言うまでもなくの傑作だろう。新録シングル「今我凡悟」でのナイヤビンギ・レシピも心憎いヒネリのものだった。


Dry & Heavy

 そして、オーディオ・アクティヴ(つい最近出た新作『Spaced Doll』も実にスリリング)を掛け持ちする七尾茂大(ドライ)と秋本武士(ヘビー)が重心コンビの通称ドラヘビは3枚目『Full Contact』までのアルバムをすべてディープ音響で揺らすリアル・ダブ作としながらも、紅一点のヴォーカリスト、リクル・マイのチャームも心得ての聴かせ方でも吸引といったところ。新作はキング・ジャミーがミックスの『In The Jaws Of Tiger』。内田直之からジャミーへのキラー・ダブのリレーである。

 というわけで、背後ではUKのトリップホップ、ドラムンベース、アンビエントなどからの影響もあり、ダブ派生の″音響クリエイティヴの時代″がそのようにも印象づけられてきたということ。とはいえ、それだけでは日本のシーンが語れるのかというと、勿論そんなことはないわけで、ここでのテーマでないダンスホール以外では、スカをめぐってのことにも触れておきたい。

 90年代に入ってからは東京スカパラダイスオーケストラ(故人が2人も出たのは不運とはいえ、問題なく健在!)がデニス・ボヴェールが参加した98年作『アーケストラ』も含めた諸作でスカをJポップ・レベルのものとした他、現在スカ・パンクでは先の増井朗人も参加していたケムリ、また、スカ・フレイムス以来のオーセンティック・スカではデタミネーションズが人気というのが、代表例を挙げた場合の3組だろうか。そして、ジャマイカン・エッセンスを忠実に継承し、まさにスカ・フレイムス以来のオーセンティック・スカに幅広い音楽性を注ぎ入れているのが、拠点は関西のデタミネーションズ。キャラの立つ高津直由をリーダーとする彼らは『This Is Determinations』で話題となった後、9人のメンバー全員が一丸となった″スカ思い″の孝行アルバム『Full Of Determination』を出したところで人気再確認となっている。

 ところで、先に名の出た老舗のスカ・バンド、スカ・フレイムスでの活躍も知られる長井政一は現在、マイティ・マサ・サウンド・システムという名のルーツ・ダブのサウンド・システムも稼働中。そう、女性たちのためのレーベル、シストレンを立ち上げて頑張るシスター・カヤとか、こうした人たちの地道な努力を今に知れるのも心強い。

 そういえば、『Requiem DUB』の後、こだま和文がまた新しいアルバムの『STARS』を聴かせてくれた。90年代という10年間に蓄えた″こだま和文″であることのエネルギーがそこでは時を待って解放されている様子。思い巡らす″心象音響″のそれが終着駅のようにも思えた。
                               (文:会田裕之)