
人それぞれ、マッド・プロフェッサーに対するイメージはいろいろなんだと思う。例えば、アリワはラヴァーズ専門レーベル、と思い込んでいるヤツがいる。キャロル・トンプソン、サンドラ・クロス、コフィといった歌姫たち、そして伊達男ジョン・マクリーン。どのシンガーもUKラヴァーズの代名詞といえるかもしれない。
また一方では、ダブこそがアリワの生きる道とばかりに、ダブ、そしてリミックスを追い掛け回しているヤツもいる。レーベルの柱ともなった
"Dub Me Crazy" のシリーズ全12タイトルを始めとして、その続編 "Black
Liberation Dub" シリーズ等、その質・量ともにこれまたUKのダブ・シーンの一翼を担う存在。さらに、他ジャンルとのコラボレーションにも積極的で、とりわけ評価の高かったのがマッシヴ・アタックのダブ・アルバム『No
Protection』であった(教授のリミックスの数々については前号参照)。
個人的には、アリワのDJたちが好きだ。そもそもこのレーベルとの出会いが、パト・バントンであり、当時としては珍しかった女性DJのランキング・アンを知り、ご多分に漏れずマッカBでのめり込んだ。あくまでもコンシャスなリリック、そして各DJの個性にマッチした音作り。明らかにジャマイカ産のレゲエとは違っていた。
歌もの、DJ、ダブ/リミックス、それらをまとめあげるプロデュース、スタジオとレーベルの運営、正しく様々な顔を持つ教授であるが、考えてみれば何のことはない、ジャマイカの名プロデューサーといわれている殆どが似たようなことをやっている。しかし、マッド・プロフェッサーの仕事が際立って個性的であり、いかにもイギリスらしいと感じられるのは、彼独自のサウンド・プロダクションがあるからだ。今回は、その音作りとニュー・アルバムについてのEメール・インタヴューを中心に、アリワの魅力を再考してみたい。
●まずは、レゲエにのめり込んだきっかけについて。
「それはプリンス・バスターがプロデュースした、ビッグ・ユースの
"Chi Chi Run" という曲を聴いてからだ。私がレゲエを好きになったのは自然にそうなったからだったし…。当時、カリビアンの若者たちにとっては、レゲエはメインの音楽だったからね」。
ビッグ・ユースのデビューとも言われているアルバム『Chi Chi Run』は、'72年のリリース。バックはバスターズ・オールスターズ。教授が聴いたのはシングル盤の方だろうが、元ネタはジョン・ホルトの「Rain
From The Skies」で、かなりポップな仕上がり。カリビアンといっても教授の場合、南米のガイアナ出身ということだが、ジャマイカ以外の出身でイギリスへ移民したレゲエ関係者として、バルバドス出身のデニス・ボーヴェルがいる。デニスとの話の中で、ジャマイカ出身でないということは、良い意味でレゲエを外から冷静にとらえることができる、という意味の発言があったが、これは教授にもそのまま当てはまることではないだろうか。
●その後、サウンド・エンジニア、プロデューサーとしての活動を始めるわけだけど、ミュージシャンやアーティストとしてではなく、いわゆるサウンド・プロデュースの仕事を選んだ理由は何ですか?
「歌えなかったし、やりたくもなかったね。技術的な面でのバックグラウンドを持っている人間が、他に何をやるっていうんだい?」
●スタジオをセット・アップするにあたって目標とした他のスタジオはありますか?
「自分のスタジオを建て始めた当時だけど、実はそれ以前に他のスタジオで仕事したことがなかったから、自分の頭の中にあるもの以外には、何のアイデアもコンセプトもなかった。だから、全く経験なしで、いきなりスタジオ・ビジネスに飛び込んだんだ。だから他のプロデューサーたちについても、そのスタイルや音楽で見分けがつくわけもなかった」。
子供の頃から機械いじりが好きだったんだろう。それがレゲエと出会い、これなら自分でもできると思い、手当たり次第に機材を集め、まさしく自己流でスタジオを作ったんだろう。何だか微笑ましくもあるが、レゲエとはこれである。何者にも拘束されない自由な音作り、固定観念をぶち壊すプロダクションである。アリワはその創立時点で既にオリジナル・スタイルであった。ガイアナ出身の青年の勇気と行動力が、アリワを立ち上がらせたのだ。
●2、3年前のこと、Uロイにアリワのサウンドについてどう思うかと尋ねたところ「マッド・プロフェッサーのサウンドはキング・タビーに近い」と答えたので、びっくりしてしまいました。更に「タフでヘヴィな低音、クリアな中高音、それはそのままタビーのサウンド・プロダクションと同じじゃないか」とも言ってたけれど、このUロイの発言についてはどう?
「キング・タビーと比較されるなんて、光栄なことです」。
筆者としては、この質問が一番力が入った、ひとつの山となるべきものだったのに、何ともあっさりとした答えが返ってきた。でもよく考えてみると、いかにも教授らしく思えてくる。繰り返すようだが、何の予備知識もなしにレゲエ・ビジネスに飛び込み、ただひたすら自分の思う通りに突き進んでいるのだから、わかっているのは自分のことだけであって、他と比べられても、リスペクトを表明すること以外できないだろう。教授の人柄を垣間見ることができたやりとりである。
それにしても、このUロイの発言はアリワ・サウンドについての卓見だろう。かつてエイドリアン・シャーウッドがキング・タビーのミキシングを「大きなサウンド・システムによる爆音で再生してみて初めてその良さがわかる」と評したが、つまりは先を見通した音作りということであり、タフでヘヴィな低音、クリアな中高音とは、レゲエの基本だ。それを教授の場合は絶妙なバランスでやってのける。
●他のジャンルのリミックスをする場合、何か特に気をつけてることは?
「私は、スウィートなメロディとユニークなサウンドが好きなんだ」。
これは質問の意味がよく分からなかったんだろうが、この答えもアリワ・サウンドの特徴のひとつを言い表している。そして、それさえあればどんなジャンルでもダブ/リミックスできる、ということではないだろうか。また教授は今後リミックスしてみたいアーティストとして、シンプリー・レッド、トニ・ブラクストンの名前をあげた。
●個人的な質問だけど、1月のリー・ペリーの東京公演の時に使っていたサンプラーは、どこの製品ですか?
「あれはローランド製、アメリカで手に入れたんだ。もしできれば、スポンサーになってくれるように頼んでくれないか!!」
実は、教授のライヴ・ダブ・ミックスを見ていて、そのサンプラーの音がいいし、使いやすそうだったから、ちょっと教えてもらおうと思ったんだけど、逆にエライことを頼まれてしまったので、ここにしっかり書かなくてはならなくなった。
さて、いよいよアルバム『Mad Professor 2000』についての話題に移ろう。
●新しいアーティストを紹介して下さい。
「チャッキー・スターは、ロンドンのハーレスデン出身で、'90年代に入って新しく進出してきたDJのひとりだ。スターキー・バントンも西ロンドンの同じ地区の出身。そして、ラヴ・クリニックは、ジョエリー、リサ、ジョセフィーンの女の子3人組」。
●オープニングのチャッキー・スターの曲では、ドラムンベースっぽいリズム・トラックを使っていますね。
「私は、ダブと関係したドラムンベースが好きなんだ」。
アルバムのライナー・ノーツでも触れたが、チャッキー・スターはケイプルトンに通じるような、ルーツ寄りのDJ。ドラムンベースと呼ぶには少しBPMの遅い、初期のジャングルに近いトラックに乗ってオープニングを飾っている。最近のドラムンベースの動きについては無頓着な筆者であるが、これは現場でも使えるスグレものだ。ヘンに凝ったところがない、シンプルなミックスがいい。二人目のスターキー・バントンは、アンソニーB、もしくはシズラに通じる、メロディラインを兼ね備えたDJぶりが魅力。そしてラヴ・クリニックは、このアルバムの中で一番気になった。というのも、ここに収録された2曲の表情がそれぞれ全く違っているからだ。アイシャばりのヴォーカルにジューン・タイソン(サン・ラのアーケストラのメンバーでヴォーカルを担当)を思わせるヴォイスが絡んでみたり、もう一曲はまるでダイアナ・ロスとシュープリームスみたいだったり、とにかくおもしろい。どれもがこれからの活動が楽しみな新人たちである。
●このアルバムではUロイの「Reggae Hip Hop」が収録されていますが、大ベテランにあえてこのような曲をやらせたというのは、何か特別な考えがあったのですか?
「私が思うには、ラッピング・スタイルというのは、(レゲエの)DJスタイルと特別な関係にある。だから、ヒップホップと結び付くのもいいし、Uロイがラッピング・スタイルを始めたことは、新旧がうまく結び付いたことだと思う」。
●リー・ペリーが2曲収録されていますが、リリック面でのヒラメキがもの凄いと思うんだけど…。
「リー・ペリーには、全くびっくりさせられるし、心を奪われてしまうよ。彼は、レゲエのマジック・グールーだね」。
ここ数年のリー・ペリーについては賛否両論、いろいろ言われているけど、そのパワーは相変わらず。先にも触れた1月の東京公演では、ステージに登場するなりズボンのベルトをはずし始めて、スッと下げたら白いモモヒキをはいてて…。イヤもう、のっけから飛ばされてしまった。でも、そんなパフォーマンスにも増して特筆すべきは、リー・ペリーのリリック面でのブットビぶりである。ライムがどうのこうのといった問題ではなく、次から次へと連なって行く言葉の洪水、無尽蔵なイメージの広がり、予想できない展開。'70年代をサウンド・プロデュース面での絶頂期とするならば、今こそまた新たなピークを迎えているのではないか。教授はこのことを見抜いている数少ないプロデューサーのひとりである。
●最後に、このアルバムについてコメントがありましたら、どうぞ。
「このアルバムは、私がこれまでやってきた様々なプロジェクト、そしてアーティストたちとの仕事のショウケースです。アリワのファンの皆さんが楽しんでくれることを願ってます」。
マッド・プロフェッサーがその独自のスタイルを貫いて行く限り、アリワの活動範囲は増々広がって行くに違いない。すでに始まっているであろう、新しいプロジェクトに大きな期待がかかる。
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