1999年10月号

Unforgettable

 クラウン・プリンス・オブ・レゲエ……″レゲエの貴公子″デニス・エマニュエル・ブラウンの葬儀が7月17日キングストンのナショナルアリーナ(国立体育館)にて営まれた。首相と野党党員が弔辞を述べ、ジャマイカを代表するアーティストが各々デニス・ブラウンの曲を歌い別れを惜しみ、この模様はジャマイカのTV局で生中継された。ロイド・パークス&ウィ・ザ・ピープル・バンド、リッチー・スティーブンス、フレディ・マクレガー、パム・ホール、ケン・ブース、ジョン・ホルト…レゲエの最強コンビネーション・チューン「Big All Round」をグレゴリー・アイザックスがマキシ・プリーストとシャギーのDJで実現。銃器不法所持で勾留中のマイキー・スパイスがこの日のため一日釈放され、葬儀に駆けつけた。遺体は「イスラエルの十二氏族」(デニス・ブラウンが所属していたラスタファリアンの一派)をはじめ多くのファンに見守られる中キングストンのダウンタウンをパレードし、オレンジ・ストリートを通りナショナルヒーローズ・パークへと向かった。オレンジ・ストリートには通称 "Big Yard" と呼ばれるDBが生まれ育った家がある。
 高い石段を登ったところにあるこの古い家は、スリム・スミス、フランキー・ポールも以前出入りしており、ボブ・マーリィの「56ホープロード」のように今もアーティストのたまり場的存在である。レゲエの発祥地キングストンの中でもオレンジ・ストリートはまさに″ルーツ・レゲエの街″である。ジャマイカ最大の市場コロネーション・マーケットを北上するこの通りには他にも、「テクニクス」=ウィンストン・ライリー氏のレコード・ショップ、「レゴ・スタジオ」=DBの親友であったレゴ氏が経営するルーツ系のレコーディング・スタジオ、「ロッカーズ・レコード」=オーガスタス・パブロのレコード・ショップもあり、レゲエ好きの皆さんに是非立ち寄って頂きたい名所である。
 デニス・ブラウンは、ナショナルヒーローズ・パークに埋葬された初めてのレゲエのアーティストであり、政府のこの決定はジャマイカ人を満足させた。われらがDBはマーカス・ガービィと共に眠る…。9歳から歌いはじめ、チャイドルとして人気を博したデニス・ブラウンは生涯ジャマイカの国民的スターだった。デニス・ブラウン…日本でいえば「美空ひばり」や「都はるみ」のような存在だったといえば語弊があるかもしれないが、大きなステージ・ショーのトリは、デニス・ブラウンでなければならなかった。誰もがデニス・ブラウンを待っていたし、デニス・ブラウンを見るまでは、誰も帰ろうとしなかった。
 デニス・ブラウンが30年間の音楽生活の中でリリースしたアルバムは50枚以上といわれる。『スター』誌が一般公募した「ジャマイカ人の選ぶDBの曲ベスト10」(7月16日付)をご紹介しよう。Unforgettable you are…。

1位/Here I Come
2位/Money In My Pocket
3位/Revolution
4位/Silhouette
5位/Should I
6位/Promise Land
7位/Sitting And Watching
8位/Wolves And Leopards
9位/Westbound Train
10位/How Could I