Moka Only vs Atsushi Numata
Interview by Hiroshi Egaitsu
異なる文化体系にずぶずぶと身を浸していくことで見えるものは何か? 一般的な質問より、興味深いのは、1人の人間の特徴、肉体的、心理的、精神歴史学的に刻まれていく拭い去る事の出来ない異文化の跡だ。沼田充司、とあえて漢字で書く、マッシヴ・アタックの前身ワイルド・バンチとハング・アウトしていた日本人青年が、ロンドンからNYのヒップホップに惹かれて飛んだ。
「サウンドシステムですね。最初は、ロンドンで疑似体験して、NYに来て、細かいことは分からなかったし、音も決してクリアじゃないけど、システムはやたらデカくて、そのクラブや、ジャムに入って行く時の感じ、金を入口で払って、そこからかすかに聞こえて来るベースとか、一晩の流れとか、最近感じないんですが(笑)」
沼田さんの文章は『Riddim』の読者には親しみがあるだろう。ニューヨークからの彼の報告は、多様なヒップホップという文化に取り組み/取り込まれた/人間にしか書けない種類のもので、情報のソースとして読んでいた方も多いだろうが、スタイルがヒップホップであり、リプレゼンテーションとして受け応えあるものだ。
「(ヒップホップの素晴らしい点は)常にやる者がそれぞれの要素を持込んだり、進化させていくというか、例えば、ジャズとかで新しい要素、リズムとか、コードとかを追求していったみたいな。別に俳句みたいに形式がないですよね。形にこだわっている人、意外に多いみたいだけど」
モカ・オンリーという彼がタッグを組んだMCについては詳細はMySpaceにでも譲ろう。一般的に好きなMCの条件として、沼田氏が「今はサウンドシステムでやっているMCは殆どいないので、やっぱりトラックに上手く乗れる人ですよね。それとオリジナルなトピックをやる人。例えば、クールGラップとか、独特の運びをいつもやりつつ、彼だからこそ知っている話、また例えばなんですが、アメリカの南部のムーン・シャインのビジネスの話とかをやってます」という発言をしていること、そして是非このCDに書いてある沼田氏のモカ・オンリーとの出会いについての文章をCDお買い上げのうえ(!)、読んでほしい、と書いておこう。MCイングということが、ヒップホップ以降、いかにこの地球で大衆ニュースペーパーのかわりに機能するとブーストされたことか! すべてがコーオペレイティヴであり、すべてが連鎖され、大小のヒエラルキーが重層的にそこに付随する時代、2007、MCイングとサウンド・システムの存在は異なる者を勇気づける。
「(特に困難な点は)モカ・オンリーとのプロジェクトに関しては、特になかったですね。ただ、リリースを3月と考えていたので、約2ヶ月で作らなければならないという事でしたが。モカとのコラボレーションは、お互いのスケジュールや、クリエイティヴィティなどの状況がたまたま許した感じだったので、では、これに乗ってみようという軽い動機でした」
やると思った時、やることが出来る、と思った時やる……ことは容易いことではなく、ここでジョン・レジェンドの発言を引用するのも沼田氏は心外かも知れないが、音楽業界では「仕事を終わらせることが出来ない人間が多い」ようにも見える。ところが、2ヵ月のデッドラインで作られたモカ・オンリーにザ・レッド・デッド・スターが提供したビーツは、サンプリング・ループの気持ちよさの原点を想起させ、ヒップホップと他の音楽の関係について聞き手に思いを馳せさせる。体験を通じて蓄積された叡智として、最後に若い世代へ沼田氏から。「原点というか、歴史的な事も含めて、知って欲しいですよね。ただラッピングというヴォーカルの手段をやるだけじゃなくて、ロックがバックでも構わないけど、MCとして何かを感じさせるモノを、そう云う事を知った上でやってる人ってもっとカッコいいと思う。別に好きじゃないけど、ビースティとかってやっぱりMCとしての条件が分かっている。例えば、ブロンクスのサウンドシステムの名前をライムさせたり、有名無名に関係なく、誰かのパンチラインを引用したりするでしょう。ナズとか、新しいアルバムでがんばっているけど、やっぱりパイオニアとかのライムって聞いたこともないみたいでしょ?」
「Moka Only vs. Atushi Numata」
Moka Only & Atushi Numata
[Buddahfest / PCD-23901]
「Live from Ho Chi Minh City」
Mix by Atsushi Numata
[El Comandante / ECR--001]
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進化し続けるMCイングの現在
文&選/飯島直樹(Disc Shop Zero)
アメリカの所謂“ヒップホップ”にとりつかれた英国のMC達は、ドラムンベースの誕生が大きな転換点なり、その呪縛から解放されたと言える。ドラムンベースが世界基準になった97年以降、彼の地から登場するMC達は、アメリカのそれとは違う言葉の持つリズムの可能性を積極的に探ってきた。その代表格であるルーツ・マヌーヴァやダイナマイトMCは、ヒップホップとレゲエのサウンド・システムを出発点に、ヒップホップ〜ダンスホール・レゲエ〜ドラムンベースというビートのミクスチャー/進化とともに、言葉とビートを(ラップ/シンギングの境界を越えて)セッションさせることに成功している。また、M.I.A.やレディー・ソヴァリンという女性の活躍も見逃せないし、M.I.A.とともに、ダンスホール・レゲエやバイリ・ファンキを消化した“ボルティモア・ブレイクス”の雄として登場した、アメリカ出身のスパンク・ロックがデビューしたのが英国のレーベルというのも興味深いところ。
ヨーロッパに目をやると、ウィーンでは“ダブ・クラブ”というパーティがその中心となり、多くの才能を紹介し続けている。2005年にリリースされた、その名も『Dub Club』というコンピレーション盤には、ダンスホール・レゲエとドラムンベースから発展したビート“グライム”に、巧みに言葉を絡ませた楽曲が多く収録されている。中でも、ステレオタイプ、マコッサ&メガブラストには要注目だろう。さらにフランスにはTTCが、そして日本にはラバダブ・マーケット、G.Rinaがいることをお忘れなく!
「Dynamite! Dancehall Style Vol.1」
V.A.
[Soul Jazz / Beat]
人気シリーズの最新作。80'sからダブステップまで、ダンスホール〜サウンド・システムの名曲を英国流にコンパイル。
「Two Culture Clash」
V.A.
[Wall Of Sound]
英国とジャマイカ、それぞれ異なるプロデューサーとDEEJAY、MC、シンガーを起用したVS形式でデジタル・ダンスホールの未来型を提示。
「Dub Club : Picked From The Floor」
V.A.
[G-Stone / Octave Lab]
21世紀でも“音楽の都”であり続けるウィーンの人気クラブ・パーティ10周年記念コンピ。最新異型ダブ〜ダンスホール集。