ローリー・ガンスト著『ボーン・フィ・デッド』の日本語訳が発売になった。この本を日本語で読めることに、大いに感謝。『Born Fi Dead』は1995年にアメリカで出版され、アメリカをはじめ外国在住ジャマイカ人を中心に大きな話題となり、ジャマイカでは、実名で本書に登場する大物政治家が、出版社と著者を訴え裁判となり、後々までグリーナー紙を賑わせたものだ。
著者は、キングストンの西インド大学で歴史学を教えていたアメリカ白人女性。『Born Fi Dead』は1980年代を中心に、ジャマイカ社会の暗部を描いたノンフィクション。ガンストが体験したことで構成された本で、政治家とギャングの癒着関係、ポリスの役割、ポリスの不正、暴かれないビッグマン、表沙汰にならない事件など、内容がかなり衝撃的。
歴代のドン、ギャング、ポシー(アメリカやイギリスのジャマイカ人ギャング集団で、地元キングストンのゲットーと結託している)、政治家、名物ポリス、文化人、ラジオ・パーソナリティ、ミュージシャンやアーティストの名前もどんどん登場する。無名のセキュリティ・ガードやベンダーも実名で登場する。有名無名に関わらず実名なのが何より臨場感を醸し、その後の彼らの動きからも目が離せなくなる。トリニティー事件(有名ポリスの家庭内殺人事件)の真相に迫り、ジム・ブラウン(本名レスター・コーク)の記述では、ジャマイカ中を騒然とさせた「ジム・ブラウン、獄中で謎の死」のあの一日を思い出してチビりそうになります。この本は、1976年のボブ・マーリー狙撃事件の犯人さえあらわしてて必読!
ジャマイカ人は、こういったこと=どういったことかといえばUntold Stories、に外国人が首をつっこむことを妙にいやがる。確かに、これはこうだよ、とよそ者におしえられるほどイージーなストーリーではないもの。だから、Untold Stories はUntold Storiesのまま。
それでもこの書が発行されて10余年、ジャマイカは変貌をみせ、レゲエに対する意識は世界観も、ジャマイカ人の意識も、ものすごく変わった。キングストンは今や、常に注目されるワールド・ミュージック・キャピタルだ。
アップタウンからも音楽関係者が多く奔出されるようになって、ショーン・ポールやT.O.K.をはじめ、ウェイン・マーシャル、キプリッチ、タミー・チンなど多くのアーティストがアップタウンから生まれ、たとえばパサパサのようなイベントが、「ジム・ブラウンの」ティバリ・ガーデンを毎週解禁にし、平気でアップタウン・ユーツがやって来て、ゲットー・ユーツと同じように踊る。
ゲットーと政治家の癒着は、Untold Storiesを破るようにメディアがスキャンダルとして取り上げそれを暴き、ゲットーの争いに政治色は薄くなり、勢力争いが取って代わり、アンデム、ジンクスなど、ゲットー・ギャングの大物ドンが次々に逮捕されていった。
Untold Storiesは、これら生々しいゲットー・ライフ、ヴァイオレンス、ギャングの中だけではなく、日常生活の中にこそいっぱいある。公に口にしてはいけないこと、というのが国民の間で暗黙の了解なのに、一見してわかってしまうこの矛盾。ジャマイカ人を見れば、その人がどこに住んでいるか、どんな職業か、なんとなーく言い当てることができたりする。ジャマイカ人の、肌の色や住んでいる場所、ときには苗字、出身校、またはどの学校に子供を行かせているか。キングストン8なのか、キングストン12なのか、またはポートモアか。階級などないはずのジャマイカに、目に見えない境界線が引かれていることを知る。
著者ガンストのジャマイカでの日常も織り交ぜて、随所随所にあらわれる、いかにもジャメーカなエピソードが利いている。ことわざや迷信が確実に正しく訳してあって、好感がもてます。この本を読むときは、ぜひジャマイカの地図をご用意いただきたい。登場する地名と地図を照らし合わせて読むと、ジャマイカに来たことある人だったら、とくに理解しやすい。地名一つでも訳が丁寧で、訳者のこの本に対する思いが伝わってきます。装丁はとてもやさしく、読んでて安心感をおぼえ、衝撃な内容とは裏腹に、ジャマイカを愛しく想うでしょう。読後にベビー・シャムの「ゲットー・ストーリー」やジュニア・ゴングの「ジャムロック」を聴けば、また違って聴こえてくるはず。
『ボーン・フィ・デッド』の日本版は一般書店では扱っていません。レコード店、レゲエ・ショップなどにお問い合わせを。東京のアイランド・ツアー、ジャマイカのアイランド・インターナショナルでも取り扱っています。
「ボーン・フィ・デッド:ジャマイカの裏社会を旅して」
ローリー・ガンスト著/森本幸代訳
2006年/Mighty Mules' Bookstore